ピーター・バラカンが観た『NOLLY ソープオペラの女王』 現代日本にも通じるTV界の問題点

ピーター・バラカンが語る『NOLLY』

『クロスローズ』放送開始当初のイギリスのテレビ事情

ーーところで、バラカンさんが子供の頃のイギリスのテレビ事情はどんな感じでしたか?

バラカン:『クロスローズ』の番組開始当初は、イギリスのテレビもまだ黎明期というか。僕が5歳ぐらいの時に両親が初めてテレビを買ったので、テレビが普及したのは1950年代の後半ですかね。アメリカはもっと早かったかもしれません。当時のイギリスでは、まだ日中などずっと放送があったわけではなく、朝は少し放送していて、僕が幼稚園から帰ってくると15分か20分ぐらいの『Watch with Mother』という、『おかあさんといっしょ』(NHK Eテレ)みたいな番組を日替わりでやっていたんですよ。その後、大体夕方まで放送がなくて、いわゆるテストカードというグレースケールみたいな静止画が数時間、ずっと白黒の画面に出ているだけ(笑)。1960年代に入ると、夕方にはまた子供向けのアニメとかニュースもやっていたと思いますが、遅くまでは放送していませんでした。チャンネルも、BBCと民放の2チャンネルだけ。日本の方が、もっと早くに多チャンネル化していたのでは。

ーー日本は1960年にカラーテレビが登場し、NHKと民放4局がカラーテレビの本放送をスタートしました。ちなみに世界初のカラーの本放送は、1954年のアメリカのNBCのニューヨーク局であるWNBC局だそうです。

バラカン:なるほど。『クロスローズ』が始まったのが1964年で、最初は平日は毎日放送していたということはなんとなく覚えています。時代によって放送時間も変わったと思うし、1週間の放送回数も変わったと記憶しています。イギリスの民放は地方ごとに会社が違ったんですよね。ロンドンは平日と週末は違う会社で、平日はテムズ・テレヴィジョン、週末はロンドン・ウィークエンド・テレヴィジョン、マンチェスターはグラナダ・テレヴィジョンという大きな会社がやっていて、『クロスローズ』はイギリス中部の第二の大都市バーミンガムのATV(Associated Television)が制作していた番組でした。だから、ほかの会社がいわゆる日本で言うところの番販、番組を買って放送することになるので、地方によって放送時間なども違っていたと思います。

ーー劇中でも『クロスローズ』が国民的人気番組だとわかる描写が多いのですが、ソープオペラの人気はどれほどのものだったのでしょうか? ソープオペラという名前は、アメリカでは石鹸会社が広告を多く出していたことが由来だとされています。そのことからも、主に女性や主婦がターゲットだと考えられますが。

バラカン:観る層が限られていて、観る人は観るけど観ない人は全く観ないジャンル。で、僕は全く観なかった(笑)。劇中にもそういう描写は登場しますが、予算も潤沢ではなく、当時は演出なども粗があり時間にも制約があったソープオペラは、ほぼ生放送状態で安っぽく見られる向きもありました。でも、番組のファンでもそうでなくても、ノエル・ゴードンの存在はみんなが知っていましたよ。放送回数がだんだん減っていったとはいえ、雑誌の表紙を飾ったりしてほぼ毎日目にしていたわけですから、あの時代のイギリス人なら彼女の名前と顔は全員知っていたと思います。僕もこのドラマを観て、ノリーというスターはこういう体験をしていたのかと、初めて知りました。でも、彼女は『クロスローズ』を観ていなくても興味が持てるユニークな人物だし、彼女のことを全然知らなくても、『NOLLY』は十分楽しめるドラマだと思います。

ーーヘレナ・ボナム=カーターの熱演もありますが、ノリーという人物像にはいいところもそうでないところもひっくるめて魅力がありますね。そもそも、彼女は世界で初めてカラーテレビに登場した女性であり、お昼のトーク番組の司会を務め、テレビ局役員に女性として初めて就任し、英国首相に初めてインタビューした女性でもありました。そこからソープオペラの女王となった彼女が演じるのが、モーテルを切り盛りするオーナーというのは、視聴者にとっては彼女自身と重なるものもあったのかもしれません。

バラカン:そうですね。女性や主婦が観るものだと揶揄されがちなソープオペラは、真っ向から社会問題を扱うわけではないけれど、自分の意見をはっきりと言う働く女性という、一つの概念を作り上げる役割は果たしていたと思います。イギリスは割と階級社会なので、ソープオペラは労働者階級の人たちに人気が高いものなんじゃないかな。実際に1960年から放送が始まり、驚くことにまだ続いている超ロングランシリーズ『コロネーション・ストリート』など、労働者階級を描いたソープオペラの人気作は多いと思います。

ーー劇中でも、ノリーが乗ったバスの黒人男性の車掌が番組の大ファンだと大喜びするシーンがありますね。

バラカン:そうそう、一方で乗客の中の白人の中年男性の客が、「女子供の観る番組だ」と馬鹿にした態度を取って槍玉にあげられる。極めてわかりやすく社会を単純化した図で、まあ、僕も観ていなかったという意味ではあの中年男性客の側なわけですが(笑)、多くの男性はそういう感覚だったと思います。一方で、労働者階級の人たちの人気は非常に高かったのだろうと。今回、イギリスの新聞や雑誌を検索してみると、このドラマのことを結構大きく取り上げている媒体がありました。だから、いずれにせよ、いまだにノリーという人物が、それだけ国民の記憶に残っているということなんでしょうね。半ば伝説になっているという。

ーー今の時代にノリーの物語を描くことには、そうした人気はあってもどこか安っぽく見られていた、揶揄されがちだった“ソープオペラの女王”としてのノリーという一人の女性の生き方を肯定し、再評価を促すような、ラッセル・T・デイヴィスを筆頭とする作り手のやさしい眼差しも感じられるような気がします。

バラカン:ノスタルジックな面はこのドラマの大きな楽しみどころですが、普遍性がなければ、今番組にする必要がない。このドラマは英語の作品で、イギリスの何十年も前の時代の話です。イギリス人だったらバーミンガムのアクセントがどういうものなのかといった面白い要素は、日本人にはわかりにくいでしょう。でも、先にも言ったように、ノリーという人物の個性や話全体の面白さというのは国境が邪魔になるようなものではなく、今の時代にも共感できる普遍的なもの。同時に、自分が知らない社会のことを覗き込む面白さって、たぶん誰にでもあると思うんですよね。僕もそう。映画にしてもドラマにしても、自分が全然知らない地域、異なる文化を持つ国の作品を観るのは大好き。ヨーロッパにしてもアジアにしてもアフリカにしても、どこであっても、そこには新しい世界を知る楽しみがあります。『NOLLY』も、そうした面白さのある作品だと思います。

■放送・配信情報
『NOLLY ソープオペラの女王』
スターチャンネルEXにて配信中(字幕版) 
※第1話無料配信:12月25日(月)~2024年1月23日(火)
STAR1にて、2024年1月8日(月)〜毎週月曜23:00ほか(字幕版)
※2024年1月3日(水)12:30より字幕版第1話無料放送
脚本・製作総指揮:ラッセル・T・デイヴィス
監督:ピーター・ホアー
出演:ヘレナ・ボナム=カーター、 オーガスタス・プリュー、コン・オニール、マーク・ゲイティスほか
©ITV Studios Ltd 2022
公式サイト:https://www.star-ch.jp/drama/nolly/sid=1/p=t/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる