『彼方の閃光』はなぜ“5分間の暗闇”から始まるのか? 半野喜弘監督が明かす制作過程

『彼方の閃光』半野喜弘監督が明かす製作過程

「戦争はダメなんだ」というシンプルなメッセージ

 ストーリー性のないアートコンセプトからスタートした作品は、奇しくも戦争というものを問う非常にメッセージ性の強い映画になった。しかも現在、世界中のいたるところで戦火が上がっており、日本国内でも危機感は高まっている。

「企画やストーリー構築は、ロシアとウクライナの戦争が始まるずっと前だったんです。当時は戦争とか沖縄戦、基地の問題などというテーマが内在している作品に難色を表す方々が多かったんです。まあ日本の映画マーケティングにおいて、かなりズレているテーマだったんでしょうね。でも不幸なことに、いま世界はどんどん戦争というものに近づいてきている。戦争とは言っていますが、正しく言えば殺人です。ものすごい数の人たちが殺され、一方で殺人者にされてしまうのが戦争。戦争だから仕方ないという言葉で片づけてはいけないんです」

 この物語は、さまざまな人間が、自身の信じる価値観をぶつけ合う。それを尊重することにより、多様性が生まれ、争いはなくなるというメッセージも内在している。そして物語の最後に「戦争はダメなんだ」というシンプルなセリフが出てくる。

「登場人物は、それぞれ欠損を抱え、怒りを抱え、噛み合わなくてもギリギリのところで、広い、真の意味での対話を諦めていない、対話に開いている、それが大切なことだと考えます。『戦争はダメなんだ』というセリフに関しては、多くの人は『そんなこと分かっているよ』と言うかもしれません。でも分かっていることと、心のなかに落ちていることは違う。『戦争は良くない』なんてことは、子供だって分かる。でも実際なくならない。それは私も含め戦争を経験していない人は自分事として考えられないからだと思います。私は以前音楽を担当したドキュメンタリーで、後藤文雄さんという神父さんと交流したことがありました。その方は、ポル・ポト政権下で親を亡くした子供たちを日本に引き取り、育ててカンボジアに戻したり、カンボジアで教育を受けられない子供たちのために、何十もの教育施設建設に尽力した方なんです。後藤さんは、父親以外の家族を空爆で失っていて、弟さんが背中を負傷し、ウジが湧くなか目の前で亡くなってしまったという経験もされています。そういう方からすると、どんな理由があろうが『戦争はダメなんだよ』という結論になる。理屈や哲学問答をしてどうにかなるものではないんです。シンプルだけれど『戦争はダメなんだ』という考え方を自分事として捉え、願うことが平和につながる唯一の道筋なんだと痛感しました。この映画は主人公の眼差しを通して戦争、平和の価値、といったものを日常の一部として捉えるという目的と同時に、青春群像ドラマでもあり、時間と距離を旅するロードムービーでもあります。2時間49分の中に何を見出すかは映画を観られた方、それぞれに委ねたいと思います」

 まさに半野監督のすべての思いが詰まった169分の本作。映画の原点とも言える暗闇という異空間から始まり、音楽家である監督がこだわり抜いた“音”、さまざまな人物が意見をぶつけ合う“多様性”、「戦争はダメなんだ」というシンプルかつ圧倒的なメッセージ、そして最後に蘇る色彩の美しさ。劇場で鑑賞することで、確実にこれまでとは違う映画体験ができる珠玉の一本になっている。

■公開情報
『彼方の閃光』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
監督・原案・音楽:半野喜弘
脚本:半野喜弘、島尾ナツヲ、岡田亨
出演:眞栄田郷敦、池内博之、Awich、尚玄、伊藤正之、加藤雅也
配給:ギグリーボックス
制作:GunsRock
©︎彼方の閃光 製作パートナーズ
公式サイト:https://kanatanosenko.com/

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