『日曜の夜ぐらいは...』は「今の時代のキツさを描きたかった」 脚本家・岡田惠和に聞く
「自分が生きてきた時代よりも確実に、今の子の方がしんどいと思う」
ーー多くの人にとって岡田さんのドラマのイメージは『ちゅらさん』や『ひよっこ』(NHK総合)といった朝ドラだと思うんですよね。だからサチたちが酷い目に遭わず、幸せになるんだと岡田さんを信用して観ていたと思うのですが『彼女たちの時代』や『銭ゲバ』を観ている人は、暗い作品を書いた時の岡田さんの怖さも知っているので、「今回はどっちの岡田さんなんだろう?」と恐る恐る観ていたと思います。
岡田:今回は、自分が思っている以上にドラマを観ている人は怯えるんだなぁと思いました。サチが幸せになっていく過程を書こうと思って書いていたのですが、「こういう嫌なことが起きるに違いない」と思っている方が多かったのは意外でした。
ーー辛い展開や嫌なキャラクターが登場することに対するストレスに、視聴者が過敏になっているところが、確かにあるのかなぁと思います。
岡田:例えば、尾美としのりさんの演じたサチのお父さんは、僕が今まで観てきたドラマの登場人物としては、かわいらしい方のダメな人なんですけど、今の時代の父親としては、相当ダメな人で、受け入れ難い存在なんだなぁと思いました。
ーーああいう父親を、今は「毒親」という言葉で簡単に切り捨ててしまいがちですが、そこにも微妙なグラデーションがありますよね。
岡田:尾美さんの役は一言だけで言うと最悪なんですけれど、素敵な俳優さんが演じているので、元妻に引っ叩かれて天を仰いで寝ているだけで何かが匂ってくるという。そこも当て書きだからこそ出てきた部分だと思います。
ーー過去にひどい仕打ちを受けた家族を「許すか、許せないか」というテーマは通底していたと思います。第7話で母親に会って謝りたいと言う翔子(岸井ゆきの)に対して、お兄さんの啓一郎(時任勇気)がとつとつと自分の意見を言って「とりかえしのつかないことってのはな、あるんだよ」という場面もショックでした。あのやりとりこそ、山田太一イズムですね。
岡田:翔子にとってお兄ちゃんが単に嫌なやつだったら楽だと思うのですが、圧倒的に自分のせいだったと思ってしまう辛さですよね。ああいうシーンを描くのは好きですね。敵役とされている側の正義が見える瞬間が、一番きついのだと思います。
ーーサチが「金かぁ、結局は」と言う場面もショックで、「それ言っちゃうの?」と思いました。
岡田:結局「自分たちは金が手に入ったから幸せになれたのか?」という命題を、3人はずっと背負うことになると思うんですよね。自分たちは今、楽しいけど、宝くじに当たってなかったら、どうなってたかわからない。でも「本当にお金だけなのか?」という葛藤は、誠実に書きたいと思いました。その問いかけから逃げたくはなかった。
ーーあの台詞があることで「宝くじに当たらなかった3人はどうなっていたか?」ということを考えてしまうんですよね。宝くじに当たらなかった3人の話を書くというプランもあったのですか?
岡田:そういうドラマも好きですけど、今の気持ちではなかったですね。今はフィクション性が欲しいなという気持ちでした。それこそ、日曜の夜に極端に身につまされるものを観るのもきついかなと思いましたし。
ーー第9話でみねくんが言う台詞も、とても印象的でした。いつも優しいみねくんがこれを言うのかというのが衝撃で。
岡田:みねくんの台詞には、基本的に自分にできることは限られている、小さい世界をそれぞれが守っているから、周りは敵だらけなんだけど、そういうことでしか、この時代の幸せは存在できないんじゃないか、という思いが込められていたと思います。それは、カフェを開きたいと考えるような人の中にある「横のつながり」を大切にしたいという思いとも繋がっていて、大それたことは考えていないけど、自分たちのテリトリーを守ることで、嫌なものから離れたいという気持ちですよね。その気持ちはすごくわかるので、しっかりと描きたいと思いました。
ーー最終話のラストが第1話の冒頭と対になっていますね。
岡田:序盤は寡黙で機嫌が悪そうだったサチ(清野菜名)が同じルートを走る時に楽しいことを想像できるようになっただけでも、このドラマは幸せだなぁと思います。
ーー当初は想像することすらできなかったということですよね。
岡田:思うと裏切られるから、考えないようにしていた。そんなサチが、考える人になっただけでもすごく幸せな結末だと思うし、同じ自転車を漕ぐシーンでもこんなに違うんだと感じます。あのアスリートのような立ち漕ぎは、なかなかできないですよね。清野さんならではのエンディングになったと思います。
ーー「2023年、令和5年」とサチのモノローグで言わせることで、これは今の時代の話なのだということを強く打ち出していますね。
岡田:生きている時代が違うので、僕は若い人と話す時に「その悩みは自分も経験した普遍的なことだ」とは思わないようにしているんですよ。もちろん若い時の悩みや不安は普遍的な悩みかもしれないですけれど、自分が生きてきた時代よりも確実に、今の子の方がしんどいと思います。彼女たちは、たまたま宝くじに当たったけど「みんな、本当にギリギリなんだよ」っていう、今の時代のキツさを描きたいと思いました。
ーー岡田さんの作品は、ハッピーエンドの作品でも、キツい現実のことを忘れさせずに、苦い後味として少しだけ残るんですよね。あの塩梅はいつも絶妙です。
岡田:必ずしもハッピーエンドでないといけないと思って書いているわけではないのですが、読後感みたいなことは考えています。ドラマの最終回って、それまで観ていただいた方に対する感謝みたいなところがあるので、最後まで観てくれた人たちを気持ち悪くはしたくないという気持ちはあります。その気持ちと自分の中で腑に落ちる結論とのせめぎ合いで、その中間点を模索しているのだと思います。