『ダンまち』10周年、大森藤ノインタビュー 「“正しい間違い”が今の重要なキーワード」

『ダンまち』大森藤ノロングインタビュー

 大森藤ノが『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』で第4回GA文庫大賞を受賞し、GA文庫からデビューして2023年で10周年を迎えた。『ダンまち』シリーズは本編以外に外伝やスピンオフ作品が登場し、コミカライズやアニメ化もされて大人気作品となっている。シリーズ作品の13カ月連続での刊行という偉業も成し遂げた大森藤ノに、デビューまでの経緯や『ダンまち』に込めた思い、メディアミックスに対する考え方を前後編で聞いた。(タニグチリウイチ)

10年やってきた作家としての経験値を信じて

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』第1巻

ーー2013年に『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』でデビューして、無事にこうして10周年を迎えられたご感想から聞かせてください。

大森藤ノ(以下、大森):デビュー当時は若いといって持てはやされていて、今も若いと思われているんですが、私自身は「そんなことはないんです~」と自覚していて。GA文庫さんからも他の出版社さんからも新しくて面白い作品や作家の方がどんどんと出てきていて、ちょっと傲慢かもしれないけれど追われる立場というか、下の方たちが突き上げてくる感覚を覚えています。あぐらをかかずに今まで以上に頑張らなくてはいけないと、ひしひしと感じているところです。

ーー読者としては、次から次へと面白い展開を繰り出されて、あっという間に経った10年だという気がしますが、大森先生はこの10年の間で“壁”のようなものを感じたことはありましたか?

大森:直近でいうと、やはり本編の第18巻が私の中で壁というか、執筆期間が一番長くかかって大変でした。4回ぐらい書き直しました。もちろん自分のせいなのですが、本がすぐに出せないことでストレスのようなものを感じてしまっていました。ただ、読者の方もそれ以上にヤキモキしていたと思います。SNSでも「待っている」という言葉が聞こえてきて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。それこそ主人公・ベルたちと一緒に、ものすごく強い敵と戦っている気分になりました。

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』第18巻

ーーどうしてそれほど時間がかかってしまったのですか?

大森:10年、続けてきたからなのかなぁ、と思います。第18巻はフレイヤ・ファミリアというとても強いファミリアとベルたちが戦う話なんですが、書くことは決まっていたんです。ただ、初期の頃、早いものでは第4巻くらいからそこに至る伏線をたくさん仕込んでいて、それらを全て回収していくと冗長に思えてしまって……。ページをめくる快感を演出するのがすごく難しかったんです。やりたいこととやりたいことの間を繋ぐのにすごく苦労して、それでもやりたいことをやってしまったがために、あれだけの分厚さになってしまいました。GA文庫さんに魔法の印刷術を使ってもらって無理やり出していただきました(笑)。

――逆に最初のころはあまり苦労もなく、トントンと書けていたということでしょうか?

大森:そうですね。巻を重ねるごとにどんどん苦労が増えてる印象があります。第18巻の前では「異端児(ゼノス)編」をやっていた第10巻くらいがすごく苦しくて、そのあとは第14巻というまたちょっと大きな巻もありました。「とにかく前の話に負けないようにしよう」「過去の作品とは違うことをしよう」とハードルを設けているところがあって、それを超えようとするあまり、常にどんどんハードルが上がって自分で自分の首を絞めている感覚があります。外伝は少し違いますが、『ダンまち』本編ではそのエゴをすごく貫いてしまっています。作家としてこだわり続けてしまった結果、刊行ペースがどんどん遅くなってるところがありますね。

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝 ソード・オラトリア』第1巻

ーーベルが憧れる剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインのストーリーを描いた『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝 ソード・オラトリア』のシリーズも、本編と裏表の関係にもなっていて、執筆には苦労されているのではないかと思います。

大森:それはあります。ただ私自身アイズの過去については、やはり本編の方で明かさないといけないと考えています。そうしないと、本編を読んでこられた方に不義理になってしまうと思っていて。一方で、外伝を読んでいただいている方にも本編とは異なる供給もしたいと考えているのも本当です。そうしたこともあって今は『ソード・オラトリア』は、レフィーヤが中心の話にシフトしていますね。

ーーアイズを尊敬している同じロキ・ファミリア所属のエルフの魔導士ですね。

大森:そうですね。あと『ソード・オラトリア』は本編と違って、お尻まで完全に決まってない段階で始めてしまったものです。エニュオという黒幕についてぼんやりと考えてはいたんですけど、その話は第12巻で決着がつきました。今後はもうひとつだけやりたい話があって、そこまでは大丈夫なんですけど、それが終わった後どうなるのか、そこで終わるべきなのか、なんてことを考えています。本当に手探りで書いている感じがあります。

――逆に本編については、結末までしっかりと決まっているということですね。

大森:本編自体はGA文庫大賞に応募する前から終わる場所は決まっていて、それは今も変わっていません。ただ、少し寄り道が発生してる段階です。あと、少しライブ感を持って書いているところも出てきました。変わらないところは変わらないんですが、他のところは臨機応変にやっていますね。10年やってきた作家としての経験値を信じてみようといったところがあるかもしれないですね。

ーーこれまでの話でも膨らませたり変えたりしたところがあったのですね。

大森:本編第7巻の春姫については、娼館という場所も場所なのでもう少しエグい話になる予定でした。でも最後の最後で当時の担当編集さんからそれはダメだという話が出て、「舞台が娼館なのにそれはないでしょ!」と反論もしましたが(苦笑)、結果的に春姫が笑顔になって良かったという読者の方の感想をいただいて、これで良かったんだなと思うようになりました。最初に私が考えていたとおりに書いていたら、春姫というヒロインはどうなってたのか、いろいろ考えさせられますね。

ーー第18巻で超重要人物化していますからね。さて『ダンまち』ですが、もともとネット連載されていて人気となって、GA文庫大賞に応募されて大賞を獲得した作品です。ウェブ連載はストーリーの最後まで書かれていたのですか?

大森:いいえ、本編では第5巻に出てくるヘルハウンドが登場してブレスを吐かれて、「これが中層の恐ろしさ!」といったところで終わっています。最悪のクリフハンガー。全滅落ちで何も出てこないという状態で、そこからウェブの読者の皆さんは本編の第5巻が出るまで、2年とか3年くらい待たされていたと思います。本当に申し訳なかったです。ただ、当時はミノタウロス戦というのが私の中で大きなターニングポイントみたいなところになっていて、「ミノタウロス戦を書いて出し切ったぞ、やったぞ」って思っていたんです。読者の皆さんの反応も良く、「商業誌にチャレンジしてみたらどうですか」という応援コメントいただいたので、その気になってGA文庫大賞に応募しました。

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』第5巻

ーーウェブでの連載から編集者がピックアップして刊行するケースも増えていた時期ですが、『ダンまち』の場合は完全に新人賞への応募だったわけですね。

大森:はい。当時は投稿サイトからいろいろな作品が編集さんによって拾われていて、川原礫先生は『アクセル・ワールド』が電撃小説大賞を受賞して、その後『ソードアート・オンライン』も刊行されましたし、佐島勤先生も『魔法科高校の劣等生』がネットから拾われて刊行されていました。オンライン小説を刊行するレーベルが一気に増えた感じだったんですが、私の場合はそこで待っていてはダメだと思って、GA文庫大賞に応募して受賞して、デビューさせて頂きました。

ーー電撃大賞も含めていろいろな新人賞があった中で、なぜGA文庫大賞を選ばれたのですか?

大森:理由はすごく単純で、応募要項にウェブ掲載の原稿は削除しなくてもいいと書いてあったんです。当時だと他のレーベルさんはそこが厳しかったんですね。もし削除して応募したらずっと読んでいた読者はイヤだなあと思うでしょうし、私自身も消しておいて落選したらカッコ悪いという気持ちがありました(笑)。それでGA文庫さんに送りました。

ーー書き直しはされたのですか?

大森:改稿はしました。ライトノベルの新人賞に応募するということで、その前後から受賞作をいろいろと読んでみたんですけど、やはりちゃんと1巻で完結させないとダメだと思って。ウェブ版で書いていたミノタウロス戦のところまでは絶対入らないし、リリと出会うところも入らないと考えて、シルバーバックと戦う怪物祭(モンスターフィリア)の話を新しく加筆して応募しました。

ーーそうだったのですか。怪物祭(モンスターフィリア)ではそういえば女神フレイヤも暗躍していましたね。第18巻でベルがフレイヤ・ファミリアと激突する事態になりましたが、その伏線が最初から張られていたのですね。

大森:フレイヤはウェブ版ではもう少しヌルッと暗躍していましたが、本編では結構ガッツリとトリックスター的な感じで動き始めていましたね。実はGA文庫大賞への応募原稿も、怪物祭(モンスターフィリア)でベルがシルを助けるという話だったんです。ただ、これも当時の担当編集さんに「ここはシルではなくてヘスティアじゃない?」と言われて。悩んだんですが自分も納得して刊行の際に書き換えた経緯があります。シルとフレイヤの関係については当時から設定があったので、フレイヤのマッチポンプだったといったような展開を書いていました。

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