『らんまん』を不朽の名作にした阿部海太郎の劇伴 そっと彩りを添える音楽の素晴らしさ
不慮の事故で亡くなった田邊(要潤)の遺言を、妻・聡子(中田青渚)が万太郎(神木隆之介)に伝えにきた連続テレビ小説『らんまん』(NHK総合)第102話。帰りしな、聡子と寿恵子(浜辺美波)と雷おこしを食べに浅草へ行く約束を交わす場面に胸がグッときた。何気ない場面ではあるが、聡子が愛する夫を亡くした今も懸命に生きようとしていること、これからも寿恵子との友情が続いていくことが暗に示されていたからだ。
多くの人が本作を評価する際に「上品」という言葉を使用するのは、こういうところなのだろう。多くを語らずとも、登場人物一人ひとりの思いが水の波紋のようにじんわり伝わってくる脚本や役者の演技が品を醸し出している。そこに、さらにさりげなく情緒を乗せているのが劇伴だ。作曲家・阿部海太郎が手がける本作の劇伴は限りなく無駄が省かれた、控えめでいて聴く人の想像力を掻き立てるものばかりである。
そのルーツになっているのが、舞台音楽。特に阿部は2008年の『リア王』以降、長きにわたり故・蜷川幸雄氏が演出するシェイクスピア作品の劇音楽を手がけてきた。劇中でシェイクスピア研究に励む丈之助(山脇辰哉)が「西洋の文学は生身の人間を描こうとしている」と日本文学の勧善懲悪を否定していたが、そうした単純明快ではない物語を音楽で彩ってきた経験が本作でも活かされているのだろう。悲しい場面で悲しい音楽を、楽しい場面で楽しい音楽を。そうした単純な図式ではなく、阿部はピアノや弦楽器、マンドリンやエレキギター、ケルト楽器など、多彩な楽器を用いた音楽で物語に深みをもたらしてくれる。
今年5月と8月に発売開始となった『らんまん』オリジナルサウンドトラック。そのラインナップを見てみると、1つひとつの楽曲が草花の名前を冠しており、まるで植物図鑑のような作品となっている。メインテーマは万太郎が初めて学名をつけた「ヤマトグサ」。万太郎が植物学者としての一歩を踏み出すきっかけとなった植物の名前にふさわしく、静かに始まり、少しずつ目の前の視界がひらけていくような壮大さを感じさせる。