映画に出てくるマルチバースはどこまでリアル? 理論物理学者・野村泰紀教授に聞いてみた

映画のマルチバースはどこまでリアル?

宇宙同士がぶつかると何が起きる?

『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』©Marvel Studios 2022

ーーマルチバースについて考え始めると、人生観も少し変わってきそうな気がします。アメリカでは、宗教団体から反発があったりはしなかったんですか?

野村:理解できていないだけかもしれませんが、特にそういったことはありません(笑)。宗教観で言うと面白いのは、ビッグバンの発見はすごく喜ばれたんですよ。

ーーえっ、どうしてですか?

野村:宇宙が永遠に存在するとしたら、神様の出る幕がないじゃないですか。でも、「宇宙には始まりがあった」と言われると、「それは神が宇宙を創ったからだ」ということになるんです。

ーーなるほど。

野村:ただ、その宇宙の始まりも、今はマルチバースで説明できてしまうんですけどね。泡が生まれた瞬間、それだけです。宇宙が生まれる前は別の宇宙があって、“親宇宙”の前は“おばあさん宇宙”があって……そうやって遡っていった先に何があるかはまだわかっていないので、結局まだ宗教家が神様を持ち出す余地はありますが。

ーー最初の一泡ですね。

野村:そうですね。もしかしたら、泡じゃないかもしれません。そのあたりまで遡っていくと、直接確認するのは困難なので、まだ科学というよりは単なる推論の領域になってきてしまいます。マルチバースの場合は、そうでないと説明できない現象があるので、科学的に検証することができるんですよ。泡宇宙は隣の宇宙とぶつかることもあるので、もし衝突が起きれば、僕らの宇宙から見える可能性もあります。

ーー宇宙同士がぶつかると、どうなるんですか?

野村:空に円のようなものが見えます。ただ、人間の目では見えなくて、観測するためにはすごく精度のいい望遠鏡が必要になります。実はビッグバンの痕跡というのも残っているので、もし他の宇宙とぶつかっていれば、そのなかに衝突のサインが見つかる可能性があるんです。

『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』©Marvel Studios 2022

ーー『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』では、宇宙が衝突することで大惨事が起きていましたが、危なくはないんですか?

野村:僕らはこの宇宙という泡の中に住んでいるので、泡が出来たとき、つまりビッグバンがすべての始まりのように見えていますよね。ですが、宇宙同士がぶつかるというのは、僕らからすると時刻ゼロの時点、つまり宇宙が誕生したときにぶつかっているので、今この瞬間にぶつかっているわけじゃないんです。

ーーなるほど。つい私たちの時間感覚で考えてしまっていました。

野村:だから、危ないどころか、その影響はものすごく薄まってしまっているんです。おそらくもう見えないでしょうね。

ーー消えてしまったのでしょうか?

野村:原理的に言えば、これから見つかる可能性はあります。今は大騒音の中で鳴っている鈴を探しているような状態なので、ノイズを差し引くテクノロジーが出てくれば、もしかすると見つかるかもしれません。ただ、今後科学としてこれ以上は解明できないという時代が来る可能性もあります。「マルチバースは確かにあるかもしれないけど、これ以上実証するのは無理だろう」という批判も最近ではあります。それは一理あるのですが、「そんなものやってみなきゃわからない」というのが僕の返答です。20年30年やってみて進歩がゼロだったら、そのときは別のことを試すしかないですね。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

ーー映画にばかり触れていると、なぜ急に「マルチバース」という設定が流行りだしたのか不思議だったのですが、物理学のここ最近の流れと連動していたんだとわかりました。

野村:映画で使われているのは、必ずしも直近の成果ではありませんが、やっぱり新しい言葉というのは使ってみたくなるのかもしれませんね。「パラレルワールド」と言われると昔のSFみたいですから、「マルチバース」という言葉がちょうど良くハマったんでしょう。

ーー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』では、マルチバースにいろいろなバージョンの自分がいるという設定で、宇宙を表すマップに丸がたくさん描かれているんです。それがすごく泡宇宙っぽいなと思って。

野村:おそらくそこから取っているんでしょうね。そういうエンターテインメントに、直接ではないにしろ科学がインスピレーションを与えているとしたら、なんだか嬉しいですね。

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