『ピーター・パン&ウェンディ』の達成と功績 原作小説&アニメーション映画と比較考察

『ピーター・パン&ウェンディ』の達成と功績

 ピーター・パンとネバーランドが象徴するものは、大人になりたくない、子どものままでいたいという、心の中の願望である。それは、心理学者が著書に記した「ピーター・パン症候群」という言葉によっても知られている。劇中、ウェンディが家で弟たちとピーター・パンごっこをしていると、「もういい加減に子どもっぽい遊びはやめなさい」と父親に叱られるように、無邪気な空想や遊びが、環境によって次第にできなくなっていくのが、世の常である。それだけでなく、義務や責任など重圧を背負わされるようにもなる。

 とはいえ、本作のウェンディは、そのような後ろ向きな理由でネバーランドにいきたいと考えたわけではないようだ。彼女はただ無分別な時期を長く楽しみたいのではなく、自分の母親の生き方を見て、同じような道を歩むことに抵抗を感じたことで、より自由な生き方ができるかもしれないネバーランドに可能性を感じているように描写されている。『ピーター・パン』が世に現れた1900年代の女性の生き方に現実的な限界があったことはもちろんだ。そして同時に、この現実の問題は、一部改善を見せつつも現在まで継続している。ここを考えさせる点が、本作が現代に製作される意義だと考えられる。

 そんなウェンディに、新たな女性像を提示することになるのが、タイガー・リリー(アリッサ・ワパナタック)の登場だ。アニメ映画版では、アメリカ大陸の先住民を思わせるキャラクターたちとともに踊っていた彼女だが、その描き方がステレオタイプであり偏見を生むものだとして、現在ディズニーは、『ピーター・パン』など一部のクラシック作品の冒頭に、「このような固定観念は作品制作当時でも誤りであり、現在においても誤りです。ディズニーでは、当該箇所を削除するのではなく、こういう偏見が社会に与える悪影響を認識し、そこから学び、議論を促すことで、多様性あふれる社会の実現につなげていきたいと考えています」と、説明を加えている。

 しかし本作では、そのタイガー・リリーをあえて登場させ、古いイギリス社会とは別の文化で自立した女性としての姿を見せている。本作のウェンディにとっては、彼女と出会えたことが、ネバーランドで最も大きな収穫だったのではないだろうか。そしてウェンディは、自分の理想とする将来像を具体的に頭の中で描けるようになるのである。彼女にとって、そして多くの人間にとって、成長とともに見聞を深め視野を広げ、可能性を大きくしていくことこそが、本当の冒険なのではないのか。そのように考えれば、子どもが大人になったとしても、楽しく冒険する気持ちを捨てることはないのだ。

 だが本作は、ウェンディの考える理想的な大人への希望を映像化してみせると同時に、ジュード・ロウが演じるフック船長という、苦しみに耐え続けながら生きている、不幸な大人の姿も描く。かつてピーター・パンの友人でありながら裏切られたという、独自の設定が語られることで、この作品でのフックのピーターへの敵愾心は、過去の因縁に基づいていると表現されている。

 じつは小説版については、ピーターはネバーランドにいつまでも住む子どもたち「ロスト・ボーイズ」の一部を殺害していたという内容の都市伝説が広まっている。実際には、ロスト・ボーイズの中で大人になってしまった者を“間引いている”という曖昧な記述があるだけで、“殺害している”というのは、解釈の一つに過ぎない。「殺し(Kill)」という直接的な語句を使ってないということから、追放していたと考えるのが自然ではないだろうか。どちらにせよ、小説版のピーターに不寛容な部分があることは確かである。

 本作で描かれる、ピーターがフックを追放していたというエピソードは、アニメ映画版というよりも、この小説版のピーター像を参考にしているものと考えられる。子どもの素晴らしさだけでなく、子どもならではの身勝手さや残酷さも描いているのである。つまり、子どもにも大人にも暗部が存在し、フックのように暗い部分に囚われたまま大人になれば、生きていることが苦痛だと感じるようになってしまうということだ。ここでは、“子どもは素晴らしい、大人になることはつまらない”という考え方ではなく、子どもの持っている良い方の部分を多く残した大人になることが、目指したい成長であり、幸せを感じながら生きる方法だということを表現しているのである。

 このように、本作は陰のある映像を美学的に表現しながら、子どもの観客に対しては、子どもの自由な心を忘れずに成長していくだろうウェンディの姿を希望として提示し、大人の観客に対しては、生きる楽しみを失ってしまったフックの姿を見せることで、現在の生き方を問うという内容になっているのである。小説版、アニメ映画版という名作に立ち向かい、両者の内容をそれぞれに活かしながら、現代に合わせた独自の深いテーマを描き得た、本作『ピーター・パン&ウェンディ』における達成と功績を、高く評価したいと思う。

■配信情報
『ピーター・パン&ウェンディ』
ディズニープラスにて独占配信中
監督:デヴィッド・ロウリー
製作総指揮:アダム・ボルバ、トーマス・M・ハメル、トビー・ハルブルックス
製作:ジム・ウィテカー
脚本:デヴィッド・ロウリー、トビー・ハルブルックス
出演:ジュード・ロウ、アレクサンダー・モロニー、エヴァー・アンダーソン、ヤラ・シャヒディほか
原題:Peter Pan & Wendy
©2023 Disney Enterprises, Inc.

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