藤子・F・不二雄の奥深い魅力を凝縮 『おれ、夕子』『メフィスト惨歌』の見事な実写化

『おれ、夕子』の見事な実写化に唸る

 『藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ』(NHKBSプレミアム)の放送が始まった。1エピソード15分、前後編ものを含めて全12回、10エピソードが放送予定だ。

 SF短編は『ドラえもん』『キテレツ大百科』などで知られる藤子・F・不二雄が断続的に描き続けてきたライフワーク。SFは“SCIENCE FICTION”の略だが、藤子・F・不二雄の場合は「スコシ・フシギ」となる。多くの熱烈なファンを持つが、これまで映像化された作品はごくわずかだった。今回のドラマ化は待望の企画と言えるだろう。

 4月9日は、鈴木福、山本耕史ら出演の『おれ、夕子』、又吉直樹、遠藤憲一ら出演の『メフィスト惨歌』の2作品が放送された。今後、加藤茶、井上順ら出演の『定年退食』、水上恒司ら出演の『テレパ椎』、塚地武雅ら出演の『昨日のおれは今日の敵』、青木柚、吹越満ら出演の『親子とりかえばや』、金子大地、堀田真由ら出演の『流血鬼(前後編)』、6月には『箱舟はいっぱい』『どことなくなんとなく』『イヤなイヤなイヤな奴(前後編)』が放送される(6月放送分の出演者は後日発表)。

 『おれ、夕子』は原作の再現度がすさまじかった。鈴木福は横分けでメガネの地味な少年・佐藤弘和になりきっていたし、何より白髪姿で夕子の父を演じた山本耕史はどう見ても藤子・F・不二雄の世界の住人だった。夕子役の田牧そらは、人の想いの結晶のようなピュアな存在の少女そのものだったし、原作ではグルグルメガネ姿といういかにもマンガ的な見た目でありながら重要な役柄だった勉吉役の柴崎楓雅も、ちょうど現実とマンガの世界の合間に立っているようなたたずまいだった。

 監督の山戸結希は演出意図について「そっくりコマ」ができるだけ多くなるようにしたと語っていたが(※)、まさに「このカット、見たことある!」と口にしたくなるような場面が相次いだ。それでいて、愛娘を亡くしたことを受け止められない父親、父親を諫める娘、亡くなった後に好意に気づいて揺れる思春期の少年という三者の感情が見事に表現されていた。

 一方、『メフィスト惨歌』は大人の寓話のような作品だった。又吉直樹演じる冴えないのにふてぶてしくて計算高い男・高木健と、遠藤憲一演じる時代遅れで間抜けな悪魔・メフィストの戯画化された掛け合いは、よくできたコントのような味わいがあった。

 ビターな結末が多いSF短編の中では珍しく、主人公が幸せな結末を得るストーリーなのだが、他人を出し抜くことだけに長けた主人公が雷鳴轟く中で薄く笑うラストシーンを観ていると、「こいつが得をしていいんだろうか……?」と得体のしれないゾワッとした感覚に陥る。原作は今から実に44年前の1979年に発表されたものだが、ある意味、非常に現代的な内容に感じた。

 110編以上あるとされている藤子・F・不二雄のSF短編は、簡易的に大きく二つに分類される。ひとつは少年誌に掲載された「少年SF短編」。宇宙旅行や超能力などのSF的な題材を扱ったジュブナイルもの作品が中心だが、人類が異星人に虐殺されて滅亡寸前まで追い込まれる『絶望の島』のような作品もある。今回ドラマ化される作品では、『おれ、夕子』『流血鬼』などがこれにあたる。

 もうひとつは青年誌などに掲載された「SF・異色短編」。価値観の相違や理不尽な出来事を描いた大人向けの残酷なおとぎ話を思わせる作品群である。高齢化や食糧危機、核戦争の恐怖、政治腐敗などの社会問題を扱った作品も数多い。代表的なものとして、食べる側と食べられる側の逆転を鮮やかに描いた『ミノタウロスの皿』がある。今回ドラマ化される作品では、『メフィスト惨歌』『定年退食』などがこれにあたる。

 さびしさや孤独感など少年少女の揺れ動く心に焦点を当てる「少年SF短編」と、シニカルさや怖さを打ち出している「SF・異色短編」。これまで見てきたとおり、今回の『藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ』では二つの作品群が混在している。両者の共通点は、やはり「すこし・ふしぎ」だろう。「すこし・ふしぎ」は意外性に満ちたSF的なシチュエーションを意味するが、同時に「すこし」と「ふしぎ」の二つの要素でもある。

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