横浜流星が客席を丸ごと包み込む“武蔵の狂気” 『巌流島』でかつてない存在感

横浜流星が『巌流島』でかつてない存在感

 本作の武蔵は幼い頃から父に武芸を仕込まれ、13歳で初めて人を殺すという壮絶な人生を歩んできた人物。その出自もあり常に覇気を放出しており、威圧感で周囲を恐れさせてしまう。対して小次郎は家を背負い、仲間を支える活気にあふれたリーダー向きの性格で、一匹狼だった武蔵を快く仲間に迎え入れる。横浜が低音を響かせる声色で武蔵を渋く演じれば、中村は朗々と爽やかに小次郎を顕現させ、戦場を軽やかに舞い、剣戟の一撃一撃が重い横浜=武蔵との違いを見せつける。

 その異なるテイストが武蔵=二刀流、小次郎=長刀という得物に表れているのも興味深く、武蔵が殴る・蹴るも織り交ぜた近接戦闘を強化したスタイルならば、小次郎は攻め急がず、距離や間をきっちりと取ったうえで冷静に対処する(ふたりがこのスタイルを会得するバックストーリーが描かれるのも嬉しいポイントだ)。ここにも横浜と中村の個性が反映されており、「流れ」で引き付けるアスリート的な方法論に秀でた横浜、歌舞伎役者としての見地を生かした「止め=型」で魅せる中村が映える。特に本作は乱戦シーンの割合が多く、観客には武蔵と小次郎、そして仲間たちが同時並行で戦うさまが視界に入ってくる状態。だがそうしたなかでも、それぞれが喰い合ったり埋没することがない。木立を使ったアクロバティックな戦型の伊都也(田村心)含め、動と静の棲み分けが絶妙なのだ。

 しかし、『巌流島』は武蔵と小次郎の対比構造で押し切る作品ではない。むしろ、ドラマ面の屋台骨となるのは「同調」。そして「変化」だ。両者ともに剣才にあふれ、卓越した戦術眼を持つ武蔵と小次郎。互いに認め合い、ふたりが組めば最強だが――だからこそ「命をかけて斬り結びたい」という武芸者としての衝動が抑えられなくなってしまうのだ。

 本作の劇中では「自分でもなぜかわからない。だがそうせざるを得ない」という武芸者という生き物の性(さが)と業(ごう)が繰り返し描かれ、重要なテーマの一つに成長していく。小次郎は武蔵の隣で戦うほど安心感と焦燥、羨望がぐちゃぐちゃになってしまう。武蔵は孤独感が薄まる一方で、小次郎に追い付かれるのではないかという危機感と「強者になった小次郎と戦いたい」という期待を抱く。変容した両者の心持は関係性に影響を与えていき――。詳細は観てのお楽しみということで省くが、そうしたテーマが後半にかけてよりディープに描かれていくのだ。近年の横浜は映画『流浪の月』や『ヴィレッジ』、或いはNetflixシリーズ『新聞記者』など、ダーク&シリアスな演技で圧倒する力量を発揮してきたが、その同一線上にある武蔵の狂気の表現は、客席を丸ごと包み込む迫力に満ちていた。

 これ以上の細部の記述は控え、この辺りで締めとしたいが、ゲネプロで印象的だったのはカーテンコール。全員での挨拶ののち、たった一人で舞台に立つ横浜流星には、主演俳優としての“格”が備わっていた。今後の俳優・横浜流星を見ていくうえでも試金石になるであろう『巌流島』、千秋楽を走り切ったのちにどこまで「最強」へと近づいているのだろうか。

■公演情報
 『巌流島』
東京公演・明治座にて、2月10日(金)〜22日(水)開催
出演:横浜流星、中村隼人、猪野広樹、荒井敦史、田村心、岐洲匠、押田岳、宇野結也、俊藤光利、横山一敏、山口馬木也、凰稀かなめ ほか
脚本:マキノノゾミ
演出:堤幸彦
企画・製作:日本テレビ
公式サイト:https://ganryujima-ntv.jp/

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