『イニシェリン島の精霊』が“難解な映画”である背景 ブラックコメディが持つ意義を考える

『イニシェリン島の精霊』の難解さを紐解く

 一方で、本作で監督と脚本を務めたマーティン・マクドナーは「ブラックコメディの名手」とも言われるほど同ジャンルの作品を手がけることに長けている。マクドナーは元々演劇出身の劇作家であり、劇作家時代から閉じた世界で暮らす男たちの会話劇や、暴力的な展開の中にブラックユーモアを織り込んだ作品を多く手がけていた。また、本作と同じく監督・脚本を手がけた前作『スリー・ビルボード』(2017年)でもブラックコメディとドラマを絶妙なバランスで両立させたことが評価され、ゴールデングローブ賞など多くの映画賞で脚本賞を受賞している。本作でも感じられる「笑っていいのか笑ってはいけないのか」という観客的には混乱してしまうようなギリギリを攻めるバランスは、繊細で巧妙なブラックコメディを生み出すマクドナーの手腕を感じる部分でもあるのだ。

マーティン・マクドナー監督

 本作は、マクドナーが演劇時代から培って来た作家性が映像作品でも遺憾無く発揮されていることが作品自体からも、そして映画界の評価からも感じられる秀逸な作品だ。閉じた小さな世界で破滅へ向うしか道がなさそうな男たちが暴力的に描かれるのは、昨今トキシックマスキュリニティやホモソーシャルからの脱却が注目を集める中では真逆を突き進んでいるように感じる。しかし、そうしたトピックが注目を集める今だからこそ、そこから抜け出せない者やそもそもそこに居ることに気付けない者の存在を“ブラックコメディ”として描く意義を感じる。

■公開情報
『イニシェリン島の精霊』
全国公開中
監督・脚本:マーティン・マクドナー
出演:コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガンほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
2022年/イギリス・アメリカ・アイルランド/原題:The Banshees of Inisherin
©︎2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
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