チェ・ミンシク演じる主人公の人生をどう評価する? 『カジノ』が視聴者に問いかけること

『カジノ』が視聴者に問いかけること

 不平等な社会システムのなかで、大きなハンデを背負わされて育ち、少年時代、学生時代、軍隊時代のなかで、上の者たちに利用される厳しい環境の下で生きてきたムシクにとって、その裏をかいて権力側になり代わろうとする行為は、ある意味で酷薄な社会への復讐であるといえる。彼にしてみれば、「目には目を、歯に歯を」というところだろう。社会が腐っているからこそ、腐った方法で認められることになるのである。

 そんなムシクの成功までの道のりというのは、韓国の著しい経済成長の時代と連動しているところもある。学生時代の彼がビリー・ジョエルの歌を口ずさむ場面が象徴的だが、日本同様に、激しい経済格差のあるアメリカ社会を手本とし、より善く生きようとすることよりも、自分がリッチな生活を手にする方に関心が高まっている社会においては、なおさら金や権力を手にしていることに意味を感じられるはずだ。時代の強者となっていく ムシクは、自分ができる方法で、父親の家庭内暴力や、いつも腹を満たしたいと願っていた、自身の不幸な過去を救おうとしているといったところなのだろう。

 しかし、同情の余地があるとはいえ、社会の不公平を少しでも平等なものに変えようと努力するのでなく、逆に支配する側にまわろうとする道を選んだムシクが、本当に救われることがあるのだろうか。彼がカジノの客をカモにして富を簒奪することで、確実に不幸な人々を生み出してしまうのは事実だ。それは、巡りめぐって過去の自分のような子どもを増やしてしまうことに繋がるはずである。

 そんな終わりのない、金儲けを追い求める弱肉強食の世界のなかで唯一、そういったあり方ではない金の使い方が、本シリーズでは描かれる。それは、学生時代に貧さから進学を諦めていたムシクに、学校の教師がまとまった金を援助する場面である。教師の給料は安く、生活は苦しかったはずだが、そのなかで精一杯の金額を手渡すのだ。ムシクは涙を流すが、なぜ教師がそんなことをしたのかを、十分に理解することはできない。

 だが、このような利他的な行為こそが、金のために多くの人々が人間性を失っていく地獄のような社会の構造を否定する、ささやかな抵抗となるのではないだろうか。その意味で、ムシクが真に救われるためには、その教師の行動に学ぶ必要があったのだと考えられるのである。逆に教師は、ムシクが闇社会のフィクサーとなっていく事実を知ることがなければ、自分の人生に誇りや意義を持って生きていくことができるのではないか。

 そんなムシクにも、真っ当に生きる道はあった。裏カジノという違法なビジネスの存在を知ったとき、彼は英語塾を経営していたのだ。しかし彼は、逮捕の可能性があるリスクを引き受け、大金を稼げるチャンスに身を投じるという、人生最大の“賭け”に出ることになった。彼にとって人生は刺激の強いギャンブルであり、“ベット”することに意義があるのである。

 違法なビジネスでなくとも、そもそも民間企業の存続率は起業から10年以内に1割未満になるのだといわれている。その意味では、企業経営そのものが“ギャンブル”であり、資本主義経済社会は“賭博場(カジノ)”だと言えるのではないか。ムシクのように、“プレイヤー”たちのなかには破滅を逃れ大金を手にするためになら、ときに悪魔になる者もいるだろう。

 ムシクが経済に狂奔し、モラルを失った社会の象徴であり化身だとするならば、その勢いや欲望は、息絶えるまで止まることはないのかもしれない。本シリーズは、そんなムシクの生き方を通し、現在の社会そのものを、どのようにとらえているのかを視聴者に問うているようにも感じられる。

 大げさに言うならば、ムシクの波乱の人生を追っていく視聴者たちが、その生き方をどう評価し、何を大事なものと見出すのかということが、これから先の時代の在り方を占うことになる、と表現し直すこともできるのである。

■配信情報
『カジノ』(シーズン1全8話、シーズン2全8話)
ディズニープラス スターにて独占配信中
出演:チェ・ミンシク、ソン・ソック、イ・ドンフィ、ホ・ソンテ
演出・脚本:カン・ユンソン
©2023 Disney and its related entities

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