『舞いあがれ!』は“失われた20年”を取り戻す物語 不穏な年またぎを振り返る
本作は「自分を信じて、気持ちを言葉にすることの大切さ」を繰り返し描いている。子どもの頃の舞はそれができずに苦しんでいたが、五島での生活と祥子の教えにより克服する。貴司(少年時代:齋藤絢永)は古本屋・デラシネの八木(又吉直樹)、そして詩との出会いで「自分の言葉」を見つける。
成長した貴司が会社に辞表を出して、空っぽになって五島にやってきたときには、初めての「短歌」が心からあふれ出て、体に血が巡りだす。祥子に言われた「変わりもんは変わりもんで堂々と生きたらよか」という言葉を胸に、旅をしながら「ほんまの自分」を探し続けるようになった貴司は、採用が1年延期になって辛い思いを閉じ込めている舞や、「好き」「苦手」を表現するのが難しい、「島留学」に来ていた朝陽(又野暁仁)の心をほぐして、気持ちを言葉にする後押しをする。浩太が長年記してきた「歩みノート」には、普段なかなか口にはできない経営者としての思いがしたためられていた。
翻って、「リーマンショックを予測した若き天才投資家」として雑誌のインタビューに応じる悠人が語っていた文言に驚く。
「大切なのは他人ではなく自分を信じることです。自分の能力と判断を信じることができれば、迷わず行動できるはずです」
浩太とは真逆の生き方、舞や祥子や貴司ともまったくの別世界の住人である悠人が、実は浩太たちが指針にし、そしてこのドラマに貫かれている「自分を信じて、気持ちを言葉にすることの大切さ」を実践し続けて成功していることがわかる。「東大に行く」「指一本で億を稼ぐ」。これらを言葉にして、言霊にして、有言実行してきた。これもまた「逆も真なり」だ。
常に「両方の視点」が、このドラマにはある。経営者である浩太の苦難を描く一方で、IWAKURAの従業員たちの生活と人生、迷いと悩み、そして誇りや矜持も描かれる。「小さな星博士」朝陽が言っていた「太陽の明るさに負けて見えないけれど、昼間の空にもたくさんの星がある」に同じような、視点を変えて目を凝らしてみることで得る「気づき」が、このドラマにはたくさんある。
本作は、「失われた」と呼ばれる年月の中で幸せになるためには、周りに何と言われようと、自分と、自分の価値を信じることが大切であるということを、あらゆる立場、あらゆる境遇の人の姿を通じて伝えようとしてしていると感じる。
さて、2022年最後の第63話のラストシーンは、悠人が「この工場、なんぼになるやろか」とIWAKURAの社屋を睨むシーンで結んだ。この不穏な「前編の終わり」を、年明けからはどう回収していくのだろうか。第14週「父の背中」の予告では舞が「お母ちゃんみたいに、工場を支えたい」と訴えている。パイロットの夢はどうなってしまうのだろうか。
『舞いあがれ!』が涙腺を刺激する理由 “説明”ではない脚本・演出の凄さを読み解く
「スワン号」を追いかけて、舞(福原遥)が滑走路を全速力で走る。少女時代、走るたびに熱を出して苦しんでいた舞の成長に、目頭が熱くな…
脚本の桑原亮子は、舞の人物造形について常々「後方確認をする人」と語っているという。筆者も、別稿「『舞いあがれ!』が涙腺を刺激する理由 “説明”ではない脚本・演出の凄さを読み解く」で本作の特性について「誰も置いてきぼりにしない『やさしさ』が貫かれている」と書いた。
誰も「記号」にならない。だからこそ喜びだけでなく痛みも苦しみもある。一人ひとりの生き様が刻まれたこのドラマの世界の中で、舞はずっと「見過ごせない」精神を貫いてきた。「少女編」での、クラスメイトからいわれなき陰口を叩かれていた久留美(少女時代:大野さき)への働きかけにはじまり、「人力飛行機編」では志半ばで飛行機作りから離れようとする刈谷(高杉真宙)を引き留め、「航空学校編」では吉田(醍醐虎汰朗)も水島(佐野弘樹)もフェイルさせまいと動いてきた舞が、今度は家業のために立ち上がる。子どもの頃、父と交わした「一緒に飛行機を作る」という夢を叶えるために。
本作は、「失われた20年」の中で切り捨てられ、振り落とされてきたさまざまなものを「後方確認」して見つめ直していくのではないか。この時代の“普通”という規範からはみ出したものを、掬い直す物語になるのではないだろうか。
舞が祥子から授かった「失敗は悪いことではない」という教え、貴司が大瀬崎灯台から見つけた「無限の青」、朝陽が昼間の空にも見出した星。そういった「見逃していた大切なこと」が、このドラマにはたくさん散りばめられている。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK