現実世界の現在と未来を映し出す 真に意義のあるシリーズ『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』

『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』が映す現実

 対立の中心となっているのが、レイニラとアリセントという、女性二人の戦いであるのが面白いところだ。女性の地位が低いとされる伝統が根付いた社会のなかで、前者は自分が女性であるという不利と真正面から立ち向かい、後者は男性を立てるというかたちで、逆に男性優位の状況を利用しながら戦うのである。つまり、その点において“新しい女性像”と“古い女性像”の戦いなのだ。

 レイニラは、王から直々に指名されるという圧倒的なアドバンテージがありながら、アリセントが擁立しようとする王の候補が男であるというだけで、追い落とされる窮地に立たされてしまう。その構図は、現実の中世における社会はもちろん、現代の政治、王族などの因習や空気にも共通するところがある。

 科学的とは言い難い医療技術や、王でさえ従わざるを得ない、合理性を無視したバカバカしい伝統や風習……そのような暴力的な世界のなかで、女性が生き残り、生き方を選ぶことは困難である。女性であることで王位を手に入れられなかった「戴冠せざりし女王」レイニス・ターガリエン(イヴ・ベスト)は、玉座を目指すレイニラに「女が王座につくのを見るくらいなら、男たちは王土に火をつけるだろう」と語りかける。

 このセリフで多くのアメリカ人が思い出したのは、2016年アメリカ合衆国大統領選挙において、ドナルド・トランプ氏がヒラリー・クリントン氏に勝利した経緯だろう。事前の世論調査ではヒラリーが優位であり、このときついに、アメリカ初の女性大統領が生まれようとしていた。しかし、結局アメリカの有権者の相当数が、女性や人種について差別的な言動を繰り返していたトランプに票を入れたのだ。

 このトランプ氏勝利により、アメリカ国内で差別的なヘイトクライムが急増。2020年の大統領選ではトランプが敗北したにもかかわらず、それを認めないことで荒唐無稽なフェイクニュース、陰謀論が広まり、過激な支持者たちが連邦議会襲撃事件を引き起こすなど、アメリカ史に残る分断と混沌が生まれたのは周知のとおりである。もちろん、大統領選の結果には様々な要素が存在するが、“女性と男性”という視点から見ると、これこそまさに、「戴冠せざりし女王」の実感と、現実の世界が繋がった事態だといえるのではないか。

 しかし、「新しい女性」として戴冠を目指していたレイニラ自身もまた、翠装派と対抗するために道を踏み外してしまう。それは、陰謀によって罪のない者を謀殺してまで、“純血主義”的な伝統に従い政略的な近親結婚をするという決断をしてしまったことである。

 たしかに、その結婚相手であるデイモン・ターガリエンは、強い権力と戦術を持つ人物である。王位継承権を剥奪された後も、絶えず玉座に執着していた彼は、全ての竜の状況や兵力を把握し、臨戦態勢を整えていたほど、心強い存在ではある。だが、それはヴィセーリス王の娘や国を想う気持ちに反したものであることもたしかなのである。

 王として一族の不和を憂いていたヴィセーリスは、レイニラに軍事力である竜の危険性を説き、歴史に目を向けなければ破滅が起こると忠告していた。守ってもどうしようもない伝統ばかりのなかで、この玉座に座る者にのしかかる責任についての口伝は、真に傾聴の価値があるものである。それは「ノブレス・オブリージュ(位高ければ徳高きを要す)」、つまり王族、貴族の公的精神であるとともに、治世や地位を守るために、あえて自らを縛りつけるという先人の知恵でもあったはずである。

 この壮大な一族内での玉座争いは、少しでも油断したり準備を怠って判断を誤れば、すぐにでも命が絶たれてしまう『ゲーム・オブ・スローンズ』同様の緊張感に包まれている。そんな欲望をむき出しにした醜い戦いの勝利のために、多くの命や労力、知恵が投入され、避けられぬ悲劇に突入していくというのは、あまりにも虚しいことだと言わざるを得ない。この、品位も倫理もかなぐり捨てた戦いの勝利者は、“より強い野獣”でしかない。そんな存在が、国を治め民衆に支持されるのかは、はなはだ疑問である。

 現実のわれわれの世界では、強大な軍事力、人類を滅ぼすことのできる兵器を有する国家が対立し、悲劇を回避するために努力する人々がいる一方で、歪んだ世界観と我欲を抑えられない者たちが、分断と混沌、世界の危機を生み出してしまっている。なぜ、人類はいつまでも融和することができず、破滅へと向かう戦いを終わらせることができないのか。『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』に描かれる、争いと衰亡の歴史は、そんなわれわれの世界の現在、そして未来を映し出す、真に意義のあるシリーズだといえるだろう。

■配信情報
『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』
U-NEXTにて独占配信中
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