こんなに幸福な実写化はない 戸田真琴が綴る『マイ・ブロークン・マリコ』

戸田真琴が綴る『マイ・ブロークン・マリコ』

 本編は、すこしのオリジナルパートをはさみつつ、それさえも「原作をなるべく再現する」という意思に反さないまますばらしいクオリティで展開される。色味や画角、無音やスロー、ロケ地やヘアメイクに衣装の質感、そして何より、何より、全てを賭すように強烈な芝居でスクリーンの中を生きて、マリコに至ってはもう死んでいることさえ分からせないように生きてくれた、至上の俳優陣。彼女ら、彼らすべてに心からの敬意を称するとともに、この1時間半という決して長くはない物語の中でわたしたちは何を持ち帰るべきなのか、なるべく思い浮かぶ多くのパターンを考える。考える。あのとき、わたしたちは何を受け取れたんだろう。あるいは、あのシーンの中でわたしたちが読み飛ばしたものはなんだったんだろう。

 それは、もう居ない人の、あったかもわからない本当の意図のようなものを、いつまでもいつまでも探すように。そして私はそういう脳の動きのことを、じっさい、愛と呼ぶようにしている。

 悪役が平気でモノローグを語るマンガが苦手だ。読者は神じゃない。悪役の心情がわかってしまった時点でそれは驚異ではなくなってしまう。そしてそれよりももっと、死んでしまった人にべらべら喋らせるマンガが苦手だ。天国から優しく見守ってるよね、とか勝手に死者を天国とかいうあるかないかもわからない場所におさめる思想も苦手だ。苦手というより、嫌いだ。死は、その先がなくなる、ということなのだ。断絶。無。すべてが書いてあるあの、この世に一冊しかない本、聖書の原本が燃やされて灰になって永遠にあそこに何が書いてあったのか読めなくなってしまうということ。禁書。死んだ人とはもう話せない。あのとき何を考えていたの、なんて、聞いても誰も答えない。あるのは、自分の頭の中の記憶だけ。正確かどうかさえわからないその傷んだビデオテープを、繰り返し再生し、そこに何が映っているのか調べることしかできない。すでに失われたものは、失われてからもなお、一秒ごとに失われていく。一秒、と刻んでみたけれど、本当はその一秒の間も進行していて、砂時計の粒がどんどん落ちていくように、絶え間なく失われていく。あの子のことを調べ尽くして追いかけて知った気になって虚空に返事を返す、あのむなしい悼みかたにさえ、タイムリミットがある。なにもかもどこまでひどいんだろう、ありえない。永遠がないなんてありえない。愛している人とのハッピーエンドにたどり着くまで生き延びて歩いていけないなんて、ありえない。それなら死んだほうがマシだって思っちゃうあの子の気持ちだってわかっちゃってありえない。燃やされてしまったあとの、もう読めない本を、どんなことが書かれていたか必死で思い出したり想像したり考察したりしながら歩む喪の旅路は、すすんでいくから、歩いてゆくから、歩けば歩くほど、さらさら消えていく。ありえなくて、哀しくて、愛していた人が遺骨のさらさら白い粉みたいに光って散っていって、青空は青くて粉が映えちゃってきれいでクソで、愛していたという事実だけが、あの一番子供じみた、愛増嫌悪同情恋慕あらゆるすべてを飲み込んだ異常感情だけが、かわいそうに、置いていかれる。愛が痛ましく叫ぶ。置いていかれてしまう。歩けば歩くほど、追いつけなくなる。

 だけれど、その愛の痛々しく身を捩るさまを感じながら、歩き続けることが、遺骨をたとえば食べてしまうことよりもはるかに、死んでしまった人とずっとどこまでもゆく唯一の方法なのだ。死を美化せず、痛ましいまま、やるせないまま、処理できない感情の中で歩き続けるこの物語が、惨めに生き伸ばしてしまった所詮生きている人間どもが、大切な誰かの不在に引きずられてこの世を離れそうになるときに、フラッシュバックして光るといい。そういうときに光るかもしれない、と頼りにできるような作品は、そうそうない。映画館という暗闇で、見つめるしかないおおきな光る長方形の中、その先に広がるあったかもしれない世界の様子を見る。心を嫌が応にも寄せてしまう、そんな環境は、哀しくて美しいことを、脳に焼き付けるには最適だ。映画になってよかったな。

■公開情報
『マイ・ブロークン・マリコ』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
出演:永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊
監督:タナダユキ
脚本:向井康介、タナダユキ
原作:平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(BRIDGE COMICS/KADOKAWA刊)
音楽:加藤久貴
エンディングテーマ:「生きのばし」Theピーズ(P)2003King Record Co.,Ltd.
制作プロダクション:エキスプレス
制作協力:ツインズジャパン
配給:ハピネットファントム・スタジオ、KADOKAWA
製作幹事:ハピネットファントム・スタジオ
製作:映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会
©︎2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/mariko/
公式Twitter:@mariko_movie

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