『ちむどんどん』独立にフリーランス “自由”を求める暢子と和彦の無計画さへの不安

『ちむどんどん』和彦の無計画さへの不安

 NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』もついに終盤に向けて物語が次のステージに進む。結婚の披露宴の席で「沖縄料理屋をやる!」と決めた暢子(黒島結菜)。早速開店準備をしようと鶴見北西信用金庫の担当者に事業計画書を見せるが、そこに書かれている経費や設備費、内装費、運転資金の見積もりが甘いと指摘される。

 ある程度余裕を持って開店するのであれば、融資申込額を1〜2割増しにすることを勧められる。そもそも、物件の目処が経っていないため経費全体の目処も立たない、ということで、早速探し、杉並区の居抜き物件を見つける暢子。「ここにする!」という威勢がいいこと自体は悪くないが、家賃は予算オーバー。それを「ちょっとだし良いよね」という暢子に対し、和彦(宮沢氷魚)は経済的な責任が取るつもりがないのか、「楽しそうにしている暢子が好き! 笑顔かわいい!」と、アラサー男子とは思えない非現実ぶりを発揮する。私たちは比嘉家の人間の金銭感覚のズレをこれまでの物語で理解してきたが、ここにきて気になってくるのは和彦の“地に足のついていなさ”だ。

 その気は少し前から見え隠れしていた。和彦は愛(飯豊まりえ)と付き合っている頃から自分の企画を実現化することにこだわり始め、徐々に“フリーランス”という言葉の甘美さに囚われていく。ねずみ講の騒動に巻き込まれてしまったものの、「そのうち辞めるつもりだった」「これを機に新しい自分の道を探す」「自分の企画書を持って出版社を回ってみる」と、自主退職を希望的に捉えているのだ。もちろん、これに関しても物事をポジティブに捉えるに越したことはない。しかし、和彦が思っているよりフリーランスライターという生き方は大変だ。これは、筆者もその肩書きで仕事をしている身だからこそ抱く不安かもしれない。

 もともと和彦は会社という後ろ盾がある状態で記者として活動し、取材し、それを原稿にまとめていた。彼の原稿が新聞に掲載されたのは、“「東洋新聞社」の編集部員だったから”で、フリーとしてやっていくにはまず彼自身の名前をもう少し前に出して売り込まなければいけない。特に一社に対し専属的にライティングをしていたのであれば、フリーになっても暫くは周りの出版社が仕事を頼んでもいいかわからない状態だし、そもそも現代のようにSNSも存在しない時代なので、無名の記者が人に知られていくことへのハードルはかなり高いはずなのだ。というより、フリーランスという言葉や考え自体出てきたのはインターネットが普及し始めた1990年代以降とされている。この頃はむしろ終身雇用志向の強い時代だったはずで、そんな中での「フリーランス」という働き方は難しいにも程があるのだ。現代ですら大変である。

 そして、大きな不安を感じる部分は和彦がこのフリーランスという言葉を使うとき、しきりに「自由」と口にすることだ。「新聞社を飛び出して“自由に”仕事をしたいと思っていた」「もっと時間をかけて自由に、やりがいのある」……確かに、フリーランスという働き方は、働く時間やタスクにかける時間など、自由に采配できるかもしれない。しかし、そこには常に“自由”という名の“不自由さ”がついて回るのだ。自由だからこそ、大変なのである。自分で締め切りを管理したり、原稿の数を管理して収入目処を立てなければいけない。自分で規律正しくしなければいけないし、精神・体調不良になった場合は暢子がシェフを探しているように誰か代わりになる人を見つける、なんてことはできない。書かなければ、収入はない。田良島(山中崇)が体を張ってまで「お前は今、無職になるわけにはいかない」と和彦を庇おうとした言葉の真意が、ここにある。「フリーランス」とは聞こえこそいいが、自分で本当に何かしなければ、何かできなければ、それはただの無職の状態と変わらないのだから。

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