【ネタバレあり】『ドクター・ストレンジMoM』が揺るがしかねないMCUの世界観
同時にこれは、これまでの映画シリーズの集大成となった『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)を経て、ドラマ『ワンダヴィジョン』や『ロキ』、そして『エターナルズ』(2021年)など、より個性的な試みや多様性が求められるようになってきた証左であるといえよう。
ライミ監督作は、本作にもその姿を見せているブルース・キャンベルが主演してきた『死霊のはらわた』シリーズに代表されるように、たとえホラーであっても、ユーモアに満ちた娯楽性の高いものばかりを提供してきた。その意味では、まさにコミック的な作家といえる。
そんな監督のエンターテイナーとしての真価を引き出したのが、脚本家マイケル・ウォルドロンである。『ロキ』の脚本も手がけた彼は、やはり多元宇宙を舞台にした、過激なSFギャグアニメシリーズ『リック・アンド・モーティ』のプロデューサーを務めている。他の宇宙に存在する自分同士が出会って戦うなど、このアニメ作品の荒唐無稽な展開は、まさに本作の内容に近い。そして脚本に託した、不謹慎なまでのユーモアが、サム・ライミのサービス精神や娯楽主義と、強く共鳴しているように感じられるのだ。ドクター・ストレンジの魔術バトルの表現の面白さにも見応えがある。その意味で本作は、これまでのMCU作品のなかで最も“作家的”な一作といってよいだろう。
本作の内容があまりに面白い反面、疑問に感じられる部分もある。それは、アベンジャーズの敵として登場しながら、ヒーローとして活躍することになった経緯を持つワンダ・マキシモフを、ここまで醜悪な姿に描くべきであったのかということ。
もちろん、基になったコミックが存在し、映画版の彼女にもさまざまな不幸が降りかかった。『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年)や『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018年)でも、ヒーローとしての戦いに絶望し、今回の決断に至るまでの経過が、丁寧過ぎるまでに描かれていた。それでも、ワンダを“恐怖のキャラクター”として消費してしまうのには、やはり抵抗がある。
というのは、彼女は子どもの時代から戦火に巻き込まれて両親を失い、それでも弱い人々や大事な人たちのために戦ってきた人物だからである。彼女の故郷である、爆撃に遭った東欧の国ソコヴィアが、現在ロシアの侵攻によって同様の被害を受けているウクライナの都市を想起させるように、世界の戦争状態や支配状態にある国で被害や迫害を受けた子どもたちにとって、スカーレット・ウィッチは希望になり得るヒーローだったといえないだろうか。数々の大事な人やものを奪われたことで、誤った道を歩んでしまうことがあるのは、たしかにリアリティがある展開だといえる。しかし、だからこそワンダには前を向いて生きるという選択をしてほしかったのだ。
常軌を失った殺人者としてのワンダの暴走がユーモアを含んだ娯楽として描かれ、観客に笑いを求める部分があるというのは、それが失った家族を再生したいという願望ゆえの行動だという経緯を理解していれば、グロテスクな試みだと感じられてならないのである。このような描写は、マイケル・ウォルドロンの過激なユーモア感覚や、サム・ライミ監督のMCUシリーズへの理解の欠如からきているのではないか。このような悪ノリを抑えるために、ケヴィン・ファイギという、全体のバランスをとる存在が必要だったはずなのだ。
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』が、サム・ライミ監督の新作映画として、非常に楽しいものになったことは、疑いようもない。その一方で、本作の楽しさが、一人の女性を“魔女”として犠牲にすることで成り立っているということに、複雑な思いを覚えざるを得ないのである。
■公開情報
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』
全国公開中
監督:サム・ライミ
製作:ケヴィン・ファイギ
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、エリザベス・オルセン、ベネディクト・ウォン、レイチェル・マクアダムス、キウェテル・イジョフォー、ソーチー・ゴメス
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)Marvel Studios 2022