中絶をめぐる論争から鳥たちの求愛ダンスまで Netflixの隠れた良作ドキュメンタリー4選
『アイボリー・ゲーム』(2016年)
『アイボリー・ゲーム』は象牙を狙ったアフリカ象の密猟、そして世界中に広がる違法な象牙流通ネットワークに焦点を当てた社会派ドキュメンタリー。タンザニアで“悪魔”と呼ばれる密猟者のリーダーを捕らえようと奮闘するレンジャー、密輸の経由地で潜入捜査を行う若きジャーナリスト、象牙最大のマーケット中国で密輸を黙認する政府の黒幕を暴こうとする環境保護活動家、と世界各地で象牙取引と闘う人々の姿が描かれる。人間の邪悪な欲望で絶滅の危機に瀕するアフリカ象を守ろうと、巨悪に挑む有志たちを映し出す命懸けの映像はスパイ映画顔負けのスリリングさだ。
象の密猟というと別世界の出来事のようにも聞こえるが、実は我々の生活と深く結びついている。象牙は犯罪組織やテロリストの資金源となっており、密猟や象牙の違法取引は世界中で大勢の人々を脅かすテロと地続きなのだ。そして象牙の取引が世界中で規制されていく中で未だに取引が合法化されており、現状規制する見通しもない世界的にも稀有な国がある。それが我々の住む日本だ。 違法取引・流通の温床にもなり得る国に住む我々にとって、この作品は本当に遠く離れた世界の出来事と言えるだろうか。他人事だと看過できない現実がそこにはある。
『彼女の権利、彼らの決断』(2018年)
2021年9月1日、アメリカ南部テキサス州で妊娠6週目以降の中絶を禁止する州法が施行された。本法案では強姦や近親相姦などいかなる場合も特例を認めておらず、妊婦だけでなく中絶を幇助した全ての関係者が訴訟の対象となる。女性の身体的権利を著しく侵害したこの法案はアメリカのみならず日本でも関心を集め、テキサス州内外から強い反発を受けている。
同国において中絶の是非は古くから激しい議論を呼んでいるが、その論争の歴史に焦点をあてたのが本作『彼女の権利、彼らの決断』だ。本作において支柱となる出来事が、テキサス州の中絶禁止法は違憲であると判決を下した1973年の裁判「ロウ対ウェイド判決」である。女性の権利を尊重するその判決を覆そうと画策する中絶反対派と、女性の権利を守ろうとする中絶擁護派の50年近くに及ぶ争いとその社会的・政治的背景が、非常に分かりやすく語られている。本作は女性の身体的権利に寄り添う立場をとってはいるが、中絶に反対する敬虔なカトリック教徒や政治家の意見も多く取り入れられ、非常にフラットな目線で作られている。過剰に偏ることなくどちらの主張も伝えることで視聴者に考える余地を与える、社会問題を扱う作品としてお手本のような構成は見事だ。
本来は医師と女性の間で決められるべきプライベートな事柄が、いつしか社会問題になり、政治家の票取りゲームのピースになってしまった中絶問題。これは女性が自身の社会的地位と権利を得るための闘いを描くまごうことなきフェミニズム映画である。今アメリカで何が起きているのか、理解を深めるために是非観ておきたい一作だ。
ここで紹介した映画は国内最大級の映画レビューサービス「Filmarks」で100レビュー以下の作品ばかり。素晴らしい作品だけに日の目を見ず埋もれているのはあまりに惜しい。これからもNetflixはたくさんの良質なドキュメンタリーを世に放っていくだろう。それらにも注目すべきだが、本稿を機に同社が過去生み出してきたたくさんの優れた作品たちにも目を向けてもらえると幸いだ。
■配信情報
『アイボリー・ゲーム』
Netflixにて独占配信中
監督:リヒャルト・ラドカーニ、キーフ・デビッドソン