『カムカムエヴリバディ』が問うた“朝ドラの役割” 1日15分の物語は人生の手助けに
るいとともにアメリカを訪れ、本場のジャズに触れてきた錠一郎は、第101話で空港につくやいなや矢も盾もたまらず、『やんちゃくれ』(1998〜1999年)の最終回も観ずにピアノの稽古場へと直行する。これは“朝ドラフリーク”にとって一大事だ。錠一郎のピアノへの情熱の昂揚を「あんなに好きだった朝ドラの最終回のことも忘れる」というエピソードで表現する藤本有紀自身も、筋金入りの朝ドラ好きなのではないかと想像してしまう。
「京都・太秦が舞台で時代劇に魅せられた女性」という、自分と似た境遇のヒロインに感情移入しながらひなたが観ていた『オードリー』(2000〜2001年)は、『カムカム』第104回の劇中で迎えた最終回までヒロインが結婚も出産もしない。ちなみにその前作『私の青空』(2000年)はシングルマザーの奮闘を描いた作品。ゼロ年代に入り朝ドラも多様化の時代に突入した。
生きる喜びと、人生のほろ苦さを描いた『てるてる家族』(2003〜2004年)の放送中に天に召された雪衣(第107話)。今際の際で朝ドラを観られることほど、朝ドラファンにとっての僥倖はない。言い換えれば朝ドラは、余命いくばくもなくなったときに「明日の朝ドラが観たいからもう少し生きよう」という活力にもなり得るということだ。
少し余談になるが、筆者が以前、とある朝ドラ出演俳優さんにインタビューしたときに聞いた、こんな話がある。その俳優さんが出演した朝ドラの放送中に東日本大震災が起きた。しばらくしてボランティア活動のため東北に赴いたら、被災者の方々が感涙しながら握手を求めてきたという。「いつものように朝ドラを放送してくれることが、どんなに心の支えになったか。ありがとう」と言いながら。番組編成が軒並み災害情報と原発事故のニュースで埋め尽くされる中、避難所のテレビで一番最初に観ることができた「普通の番組」が朝ドラだったのだそうだ。「普通の毎日」のありがたさ。朝ドラにはそれを伝える力がある。
毎朝放送される朝ドラと、それを観ている視聴者は、半年の間、互いに「人生の並走者」と言えるかもしれない。その特性を、作者の藤本有紀は深く理解して『カムカムエヴリバディ』を書いているような気がするし、朝ドラへの深いリスペクトを感じる。メタ構造を巧みに利用しながら、「朝ドラの役割とは何か」という問いを、作中で続けているようにさえ思えた。毎日の朝ドラが、トランペットを失い、心の深い場所でずっと葛藤を続けていた錠一郎の背中をさすり続けたかもしれないし、拠り所のなさと後悔を抱き続けた雪衣の心を温めたかもしれない。
ひなたとるいの英語、回転焼き、錠一郎のピアノ、虚無蔵(松重豊)の「日々鍛錬」、モモケン(尾上菊之助)の「志」、桃太郎(青木柚)の野球、勇(目黒祐樹)が守り続けた雉真繊維の足袋。このドラマに出てくるものはすべて「毎日の積み重ね」というキーワードで繋がる。そして「朝ドラ」もしかりだ。『カムカム』の世界でも、現実の世界でも、誰かの仕事による「小さな一単位」の繰り返しが、誰かの人生の助けになっている。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:上白石萌音、深津絵里、川栄李奈ほか
脚本:藤本有紀
制作統括:堀之内礼二郎、櫻井賢
音楽:金子隆博
主題歌:AI「アルデバラン」
プロデューサー:葛西勇也・橋本果奈
演出:安達もじり、橋爪紳一朗、松岡一史、深川貴志、松岡一史、二見大輔、泉並敬眞ほか
写真提供=NHK