『夕方のおともだち』にみるグレーな世界で生きる人たち 姫乃たまからミホ女王様に宛てて
白でも黒でもなく、グレーな世界じゃないと生きていられない。そういう人たちはたくさんいるはずですが、この町にはまるでヨシダとミホしかいないようです。そして私が気になったのは、主人公のヨシダよりも、女王様のミホのほうでした。
SMプレイの悦び(最近はミホの調教が物足りないとしても)と、ユキ子という強烈に忘れられない存在があるヨシダに比べて、ミホは非常に宙ぶらりんな人物であるからです。出勤していないときは家で退屈そうに本を読んでいる描写しかなく、友人や家族と交流している様子もありません。店ではユキ子に調教され過ぎたヨシダに、ミホのほうが参ってしまいそうになることもしばしば。かと言って、ほかに痛めつけることで気持ちが昂ぶるようなM男もいません。そもそも昼に働くよりは居心地がいいからSM店で働いているけれど、ヨシダほどにはSMで心が救われている様子もない人物なのです。
そんな彼女が嬉しそうな表情を見せるのは、ヨシダと店外で過ごす時間です。居酒屋で何気ない話をしたり、自宅に彼を招いて夕飯を作ったり、本棚の組み立てを頼んでみたり、やがてカップルのようなセックスに挑戦してみたり……。しかし「普通のカップル」っぽい行為をすればするほど、彼らの関係は不思議と閉ざされていくような感じがします。
夜の店で出会い、昼間に遊んでみても、どこか閉塞感がなくならない。それは彼らの心が白でも黒でもなく、グレーだからかもしれません。時間でいうと、夕方のような。ほんの少しだけ存在する時間。
この物語は大きく好転するわけではありません。町は相変わらず息苦しいままで、どこか行くあてもありません。でもミホが車に乗りながら、「『You’ve Got A Friend』って知ってる?」と『夕方のおともだち』について説明します。ジェームス・テイラーのこの歌には「あなたがどこに居ても、すぐに迎えに行くわ」という歌詞があるのだと。
ミホの車は、ヨシダをプレイで痛めつけた給料で買った車です。さらにミホはどこに居てもすぐに迎えに行きたいヨシダまで手に入れました。小さくて息苦しいけど、夕方だけは海がきれいな町を、ふたりは車であてどなく走っていきます。その時やっと、私たちは空から海と車を見下ろす広い構図で彼らを見ることができるのです。昼間ほどではないけれど、夕方くらいの明るい気持ちで。
■公開情報
『夕方のおともだち』
2月4日(金)より、TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国順次公開
出演:村上淳、菜葉菜、好井まさお、鮎川桃果、大西信満、宮崎吐夢、田口トモロヲ、AZUMI、烏丸せつこ
監督:廣木隆一
脚本:黒沢久子
エンディングテーマ:大橋トリオ「はじまりの唄」
配給:彩プロ
R-18
(c)2021「夕方のおともだち」製作委員会
公式サイト:http://yugatanootomodachi.ayapro.ne.jp
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