『劇場版 呪術廻戦 0』夏油傑という “悪役”を考える  五条との別れ、逆夢になった志

『呪術廻戦』夏油傑という“悪役”を考える

 離反した夏油が最後、五条と会うシーンで彼はこう言った。

「君にならできるだろ悟。自分にできることを、他人には『できやしない』と言い聞かせるのか? 君は五条悟だから最強なのか? 最強だから五条悟なのか? もし私が君になれるのなら、この馬鹿げた理想も地に足が着くと思わないか? 生き方は決めた。後は自分にできることを精一杯やるさ」

 自分にできることを精一杯やる、それは理不尽な死を遂げた後輩が使っていた言葉だった。五条と夏油の善悪の価値観は、「護衛任務」の結末付近から逆転し始める。「こいつら殺すか? 今の俺なら多分何も感じない」と、宗教団体にいた非情で狂信的な非術師らに対し五条が言うも、夏油はそれを止める。しかし、「護衛任務」を経て折られてしまった彼の心の中には幾度もその後、その時の自分の選択が正しかったのかという疑念がうずまきはじめるのであった。そんな夏油の側に、以前彼がしていたように間違った考えを嗜める親友ーー五条や家入硝子がいれば、結果は違ったかもしれない。

「私たちは、最強なんだ」

 かつて自信を持ってそう言えていたのに、今は“たち”ではなくなってしまった。五条が“本当の最強”になってしまったから。そしてそんな彼の持つ力でなら、呪術師が傷つくことない理想郷を作ることだってできてしまう。だから、夏油は世界を変えるために、自分も再び“最強”になるために、何よりも力を欲し、里香の掌握に全てをかけたのではないだろうか。そしてそのために一人、何体もの呪霊を飲み込み続けてきたことなどを含め、いろんなことを考えると本当に、やるせない。

『劇場版 呪術廻戦 0』公開後PV|大ヒット上映中

 映画史、アニメ史、あらゆるメディアにおいて登場してきたヴィラン。そのなかでも、とりわけ印象深い悪役は、たとえ周りに「突飛もない」と後ろ指を指されたとしても自分の志を持ち続ける者たちだ。彼らの「思想」は行き過ぎて理解し難いものかもしれないが、その思想に至るまでの「背景」は理解できる。そして、そうしたキャラクターを通して我々は「善悪の判断」について問われるのだ。何だか憎めない、そう思わせる悪役はいつだって彼ら自身が強い悲しみを抱えた、二面性のある人物だ。夏油も、本当は誰よりも未だに心優しい人物であることがミミナナをはじめ、彼の“家族”への対応でもわかるようになっている。自分が倒れた時は、すぐに逃げること。自分のその身を第一に優先すること。「乙骨を死守しろ」と、生徒を高専に飛ばした五条とはそういった点で違うわけだが、五条は五条で「傑のなら若い呪術師を無闇に殺さない」という、ある意味夏油の信念を理解しきったうえでの行動なので、改めてこの二人のキャラクターの関係性が非常に細かく構築されていることに気付かされる。

劇場版 呪術廻戦 0

 最期、五条は夏油にある言葉をかける。原作でも劇場版でも、ここで何を言ったのかは明かされなかった。しかし、五条役を演じた中村悠一は「台本には(セリフが)書いており、収録もした」とラジオ出演時に語っている。「最期くらい呪いの言葉を吐けよ」には、その言葉を聞き、受けたうえ櫻井が込めた夏油の感情が込められているわけだ。漫画では咀嚼しきれなかった心情描写に奥行きが与えられるのも、こういった劇場版などの映像化作品の醍醐味である。

 こうして親友の手によって処刑された夏油であったが、その1年後を描くアニメ本編でも登場していたので原作未読の方にとってはさぞ驚いたことだろう。よく、映画の中で死ぬ瞬間や死体を映さない演出は、“死んだことになっていない”と疑った方が良いと聞くが、夏油は確かに五条によって殺された。では、あれは“何”なのか。それは「過去編」以降の物語にて明かされる。

■公開情報
『劇場版 呪術廻戦 0』
全国公開中
声の出演:緒方恵美、花澤香菜、小松未可子、内山昂輝、関智一、中村悠一、櫻井孝宏
原作:『呪術廻戦 0 東京都立呪術高等専門学校』芥見下々(集英社 ジャンプ コミックス刊)
制作:MAPPA
配給:東宝
(c)2021「劇場版 呪術廻戦 0」製作委員会 (c)芥見下々/集英社
公式サイト:jujutsukaisen-movie.jp
公式Twitter:@animejujutsu

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