堤幸彦監督が佐藤二朗と語り合う、“ほんとうに撮りたいもの” 50作目を終えての決意
誰が最も愛されたか? ひとりの男の愛をめぐって3人の女性の凄絶バトル。堤幸彦映画監督50作記念『truth~姦しき弔いの果て~』が世界中で注目されている。目下、海外の映画賞で7冠受賞の快挙。ガラパゴスな日本の独特な笑いは欧米では言語の違いもあってなかなか受けないものだが、『truth』は普遍的な人間の滑稽な行いを描いて言葉の壁を突き破った。
3人の俳優が企画した自主制作映画の監督を引き受けた堤のフットワークの軽さにも注目。『truth』の重要登場人物である3人の女性のダーリンを演じた佐藤二朗もまた堤作品出演をきっかけにブレイクした俳優である。主流に流されず少し違った視点をもって自由に世界をサヴァイヴする堤と堤組常連の佐藤が語るほんとうに撮りたいものとは何なのか。(木俣冬)
世界を捉えた“自主映画”
佐藤二朗(以下、佐藤):僕の役は3人の女性(広山詞葉、福宮あやの、河野知美)の彼氏(ダーリン)なんですよね。出番はそんなに多くはないのですが……。
堤幸彦(以下、堤):二朗さん演じる男の葬式で火葬場までは同行できない哀しい女たちの話なんですよ。コロナ禍、自分たちで短編映画を作ろうと考えた3人の女優さんたちに僕は監督してくれと逆リクルートされたんです。予算がたったの700万円で撮影期間は2日でしたが、せっかくだから1時間超えるものにしましょうということではじめました。で、3人の彼役を誰にしようと考えたとき、佐藤さんしかいないと。
佐藤:監督が堤幸彦だと聞けば、それはもう協力しないわけにはいかないと二つ返事ですよ。それと、この企画を立ち上げた広山詞葉は事務所の後輩で、コロナ禍、のきなみ仕事がなくなったときに、こうやって自主映画を作る姿勢はすばらしいし、協力したいと思いました。台本を読んだら、人間の根幹に関わる内容で興味深かった。精子バンクって世界共通、人類共通の題材ですよね。でも笑えて最後には爽快な気分になれる映画でした。
堤:人工授精を題材にすることはそれこそ賛否両論あると思うんですよ。知り合いのお医者さんに観てもらったのですが、苦言を呈されるかなと思ったら、様々な問題を孕んでいて明るく話せる話題ではないにもかかわらず面白さに負けましたと言われました。これはエンタメに対する最大の褒め言葉だと。やってよかったなと思ったんですよ。モンティ・パイソンの国・イギリスではベストコメディ賞――イギリスの『M-1グランプリ』みたいな賞をいただきました。
佐藤:『M-1グランプリ』……その例えはなんだろう?
堤:上方漫才大賞か。
佐藤:もっと離れた。漫才じゃないでしょこれ。
堤:イギリスでは二朗さんのシーンがバカ受けだったと報告を受けています。ひとりの男性と複数の女性――これは世界共通のシチュエーションなんですよ。
佐藤:堤監督だからおもしろくならないわけはない。とはいえ、語弊があるかもしれませんが、誰もが知っている女優さんたちではないじゃないですか。それでも十分濃密で最後まで飽きさせないですよね。
堤:有名無名は関係ないですね。撮っているときからこれはイタリアで受けるのではないかと予想していたんです。
佐藤:ほう。
堤:エロだから(笑)。
佐藤:『流されて…』(※1978年に日本公開されたイタリア映画。ブルジョワの人妻と使用人の男が無人島に流されたことで男女の関係となるメロドラマ)みたいな?(笑)
堤:(笑)。そうしたら、いの一番にローマ・インターナショナル・ムービーアワードで最優秀作品賞を獲って、ベルリン、モントリオール、イギリス……と7つの海外の映画賞を獲りました。私の場合、日本で何億円もかけて映画を撮ってもこんなに世界の賞を獲れないですよ。それがこうやってコロナ禍、ある種腹をくくったといいますか覚悟したといいますか。そうするとこうやって伝わるものなんだなとほんとうに不思議な感覚でした。
佐藤:堤さんはこれまでも日本で賞を獲っているでしょう?
堤:獲ってないんですよ。監督賞はひとつだけです。佐藤さんが締めてくれた『天空の蜂』(2014年)ですよ(『イニシエーション・ラブ』と2作合わせて2015年に報知映画賞監督賞を受賞した)。
佐藤:自主映画を監督作50作目に選んだことがいかにも堤さんらしいと『truth』のチラシのコメントにも書きましたが、それだけで終わらせず、海外の映画祭に出すというアクションがさすがですよね。若い監督はもちろんのこと商業監督の方々にも刺激になるじゃないですか。こういう方法もあるのかって。コロナの激闘の時代にそういうことをやるのが“堤幸彦”だなと感じます。
堤:いよいよ軸足をヨーロッパに置こうと思っていますよ。というのは冗談ですけど。二朗さんと話していると、なんでだか嘘をつきたくなりますね。
佐藤:なんでだろう。僕と話していると8割がた嘘ですよねえ(笑)。
――佐藤さんは外国に打って出たいという思いはないですか。
佐藤:韓国で『はるヲうるひと』(原作・脚本・監督を佐藤二朗、主演は山田孝之)が脚本賞を獲っているんですよ。僕自身はいままでそういうことに疎かったのですが、たとえば斎藤工君などが「二朗さん、日本だけでやっているのはもったいなさすぎですよ」と言ってくれて。世界に目を向けてみようかとも思っているところです。