宮沢りえ、磯村勇斗らが舞台上に生み出す凄まじい熱 『泥人魚』は公演ごとに生き直す

宮沢りえらが体現する、アングラ演劇の魅力

 そんな主演の宮沢をリードするのが磯村勇斗だ。彼が演じる蛍一は、作品のナビゲーターともいえるもの。唐作品初参加ながら責任重大な役どころだが、さすがは猛烈なスピードで進化をし続ける磯村のことである。冒頭から歌声を披露し、声と身体の緩急自在な表現力によって、観客を作品世界に誘うことに成功していると思う。演劇界の先輩たちに囲まれたこの座組での磯村は年少組。しかし休憩込みの130分間、彼は作品の中心に立ち続けている。キーマンを演じる岡田義徳や六平直政、てっきり作品全体を締める存在なのかと思いきや、次々とサプライズで魅せる風間杜夫、初のストレートプレイとはいえ舞台に関しては踏んできた場数が違う愛希れいか、そして宮沢りえという演劇界の至宝をリードしなければならないポジションを担うことは、彼の今後に影響してくるに違いない。演劇はナマモノとあって、磯村勇斗の現在形が、この舞台には常に見られるのだ。

 パンフレットに掲載されているインタビューを読んでみると、俳優たちの誰もがこの物語に魅了されながら、(少なくとも稽古段階では)完全に理解できないでいることが分かる。主演の宮沢は本作の印象について「唐さんの世界に登場する人たちに触れていると、心の温度があったかいままでいられます。ただ、辻褄という点ではぶっ飛ばされているので(笑)、個人で埋めてみたものを、みんなでミックスさせていくという作業が必要になる」と答えており、唐作品初挑戦の磯村は「芝居の感覚や表現方法が今まで自分が知っていたものとは全く違う世界だったので、自分に馴染ませるまでに少し時間がかかりました」と語り、本作に取り組むにあたって戸惑っていたことがうかがえる。演劇界の重鎮であり、百戦錬磨の風間をして「今回の台本は稽古が始まるずいぶん前にもらっていたんですけど、ワケがわからないから途中で放り投げていました」と言わしめている。劇中で飛び交う話題は、ときに異常なほど飛躍し、登場人物の感情が一貫しているわけでもない。つまり本作は素直に、“難解な作品”だといえる。しかしアングラ演劇の魅力は、その難解さを超えたところにあるだろう。難解さと荒唐無稽さは紙一重であり、いかようにも解釈できる。

 筆者が観劇したのは開幕初日のこと。いくら稽古を重ねてきたとはいえ、ステージ上に立つ俳優たちに一切の不安がなかったということはないのではないかと思う。しかし、ぎっしり埋まった観客席を前に身体を動かし、言葉を放つことは、ようやく“手応え”を得られることになったはず。観客がいてこそ演劇は生まれ、劇場という場は生命を得る。そこで初めて、『泥人魚』の登場人物たちは肉体を持ち、声を持つことになっただろう。それを何より実感したのは、当事者である俳優たちだ。本作は作品そのものが生き物として、公演ごとに生まれ変わり、そして生き直していくものだと思う。

■公演情報
Bunkamuraシアターコクーンにて、12月6日(月)~12月29日(水)上演
作:唐十郎
演出:金守珍
出演:宮沢りえ、磯村勇斗、愛希れいか、岡田義徳、大鶴美仁音、渡会久美子、広島 光、島本和人、八代定治、宮原奨伍、板倉武志、奈良原大泰、キンタカオ、趙博、石井愃一、金 守珍、六平直政、風間杜夫
主催・企画・製作:Bunkamura
公式サイト:https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/21_doroningyo/

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