“心の悩み”とどのように向き合う? メンタルヘルスを題材にした映像作品3選
新型コロナウイルスの流行は多くの人に精神への影響をもたらしたことで、心のケアの重要性をより身近なものに感じさせた。こうした状況下、映像作品はどのように“心の悩み”と向き合っているのだろうか。今回は、メンタルヘルスを題材に扱う3作品を紹介する。
『Untold:極限のテニスコート』
最初に紹介するのは、3つのグランドスラムでベスト8となったアメリカのテニス選手、マーディ・フィッシュのドキュメンタリー『Untold:極限のテニスコート』。作中には、現役時代の彼を悩ませていた不安障害の存在とその葛藤の軌跡が、本人の証言によって明かされている。
15歳で入学した名門テニスアカデミーで“他人に弱さや恐れを見せてはいけない”という精神論を叩き込まれたフィッシュ。19歳のプロデビュー後、アメリカテニス界の新世代スターとして業界の期待を一身に背負いながら、精神の不調を患っていた彼は“弱さや恐れをみせることは逃げ”とその悩みを打ち明けられずにいた。そして人生最大のマッチとなったUSオープン対ロジャー・フェデラー戦の直前、ついに彼は大会を棄権し、自身の抱える不安障害について公表する。
フィッシュのとったこの選択は、後のテニス界に大きな影響を及ぼした。選手が抱えるストレスの深刻さが明かされたことで、2021年にはUSオープンの医療サービスプログラムにメンタルヘルスの専門家が加わることとなったのだ。※1
“弱さや恐れをみせることは逃げ”という考えはスポーツの領域にのみ留まるものでなく、うつ病が発症する原因を“甘え”と見なす風潮が一般社会に根付いていることなどから、医療機関での受診率が低い現状もみられる。※2
だからこそこうした変化は、未だメンタルヘルスに対する理解が十分でない世の中において重要性をまとうのではないか。
フィッシュはこう語っている。「もし、誰かが僕のストーリーを読んだとして“彼が悩んでいるのは今の自分と同じじゃないか。そして彼はそれを乗り越えたんだ”と言ってくれたら嬉しい」
『ハサン・ミンハジ:愛国者として物申す』
精神的不調の改善には専門家によるケアが要される反面、はっきりと目に見えない症状であるぶん生じる問題も多い。先ほどはメンタルヘルスについて理解が行き届いていない社会状況について触れたが、この『ハサン・ミンハジ:愛国者として物申す』では、精神疾患の治療に不寛容なアメリカの医療制度について指摘されている。
このシリーズは、2017年トランプ政権後初のホワイトハウス記者晩餐会で史上初のイスラム教徒として司会者を務めたことで知られるコメディアン、ハサン・ミンハジがスタンダップコメディの形式でアメリカの社会問題について解説するもの。今回取り上げる「メンタルヘルス」の回によると、まずうつ病を抱える10代の人口が10年で60%増加しているアメリカにおいて、メンタルヘルス関連のアプリが1万以上も開発されている現状があるという。しかし一方で精神疾患の治療を軽視する風潮もはびこっており、多くの症状は「医療的必要性」がないと見なされることで保険が適用されず、費用が自己負担となるなど、その影響は保険制度に深刻な影響を与えている。
日本はアメリカと比較すると、精神科での治療費用に対する支援制度が充実しているほか、初診の待ち時間も短い傾向にある。しかしコロナの流行以降、初診までにかかる平均時間が以前よりも伸びたほか、特に若年層や経済的に不安定な人にとって負担となる初診費用のサポートなど、治療の間口を拡げるための対策が求められている。本作品で提示される“メンタルヘルスを社会構造から捉える”といった視点は、ここ日本でも求められるものだろう。