『カムカム』は絶品の朝ドラに 藤本有紀脚本が紡ぐ“私たちの◯◯かもしれない”物語

『カムカム』は“絶品”の朝ドラ

 安子編は、人々の「夢」を数多く描いてきた。例えば、野球少年・勇(村上虹郎)の甲子園の夢と「ただ大好きな街で、大好きな人たちと暮らす日々がいつまでも続けばいい」と思う少女・安子の夢。和菓子屋の長女である安子の、名家の跡取りである稔への恋心は、「ささやかな甘い夢」と言い表された。また、稔が「るい」という娘の名前に込めた大きな夢。妻となり母となった安子が欲しかった、「カムカム英語」の例文が示す、父と子が織りなす日本人の一般家庭の「ありふれた日常」の夢。世が世なら当たり前に叶えられるはずの彼らの夢は、戦争によって、多くが叶わぬ夢となった。

 また、あまりにも苦しい現実を生きる人々は、第1・2週で描かれた当時の当たり前の日常である、賑やかな食卓の風景や、自由にあんこを作ることができていた日々、そして恋人の愛おしい声を、夢として何度も反芻する。ともすれば夢のみが、過酷な暗い世界にいる彼らを救う手立てとなり、彼らを包み込む日向の道となった。特に金太の、息子・算太(濱田岳)と菓子を盗んだ少年を混同した、夢とも現実ともつかない物語の幕切れの、不意打ちのナレーションで示された彼の死は衝撃的だった。

 ふらっと現れては消える、憎めない困った兄である、算太の存在も興味深い。彼は常に「夢」とともに現れる。嘘か実かわからない物語をドラマにもたらしては消える。例えば第2話、チャップリンに憧れ、パンではなくおはぎを踊らせる彼は、「おなごの子なんじゃから」と祖母ひさ(鷲尾真知子)に笑って否定された「甘いお菓子を作る人になりたい」という幼い安子の夢と同様に、「男はダンサーにはなれん」からとその夢を一度は否定される。

 でも、安子に背中を押され、庭で踊る彼の姿に心を動かされた父と祖父は彼のダンサー修行を認めたのだった。算太のダンスは、そうやって、「女だから」と瞬時に打ち消された安子の夢らしい夢をも無言のうちに昇華する。その後も突然現れ、ダンスホールでの充実した日々のことを無声映画仕立てで家族に説明する場面や、前述した金太の夢の場面など、彼は常に、苦しい現実を生きる人々につかの間の夢を見せる。まるでチャップリンその人のように、もしくは『男はつらいよ』の寅さんのように、きぬ(小野花梨)の言うところの「今の世には必要」な人なのである。出征後の音沙汰がない彼の次の出番はいつなのか。彼のことだ。またひょっこり現れて私たちを笑わせてくれるに違いない。

 舞台は戦後となった。変わり果てた路地の風景は、人々の活気によって少しずつ甦り、また新たな明るい景色へと変貌しようとしている。冒頭打ち消された幼い安子の夢が、「たちばな」の味が、今は安子の手のひらの中にある。それが、何よりの救いであり、希望である。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:上白石萌音、深津絵里、川栄李奈ほか
脚本:藤本有紀
制作統括:堀之内礼二郎、櫻井賢
音楽:金子隆博
主題歌:AI「アルデバラン」
プロデューサー:葛西勇也・橋本果奈
演出:安達もじり、橋爪紳一朗、松岡一史、深川貴志、松岡一史、二見大輔、泉並敬眞ほか 
写真提供=NHK

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