『トップガン』は30年以上経っても全く色褪せない トニー・スコット監督の“アメリカ魂”

30年以上経っても色褪せない『トップガン』

 しかし、ある悲劇が起こったことで、あれだけ猪突猛進の活躍を見せていたマーヴェリックは、再起不能といえるほどに精神のバランスを崩してしまう。ここで思い起こすのは、同じように心にダメージを受けたクーガーの存在だ。一見、兵士たちの姿を明るく描いているように感じられる本作だが、そこにはいつでも死の恐怖や、大事な人を失うことのリスクと苦しみがまとわりついている。そんな、軍という組織の持つ残酷さが表現されているところが、ともすれば軽くなってしまう本作の題材に重みを与えているのだ。

 享楽的な表現と、それに並走する悲しみがあるという構図は、『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977年)や『スタンド・バイ・ミー』(1986年)に代表されるように、多くの青春映画に共通するものだ。誰しも、人生のなかで小さくない挫折を経験している。その傷は、完全にふさぐことはできないかもしれない。しかし本作は、そんな絶望の淵から傷だらけで立ち上がる姿を描くことで、多くの観客に明日を生きる力を与えることとなった。そんなマーヴェリックがたどり着くのは、ド派手なアクションシーンとは対照的な、しみじみとした味わいの終着点である。そんな演出こそが、『トップガン』に名作の風格と奥深さを与えているのだ。

 本作を注意深く見ると、じつはスペクタクルシーンですら、そのような抒情的な撮られ方がなされてることに気づくはずだ。とくにオレンジ色に輝く空や、カラフルに彩られる海面など、アクション映画らしくない特徴的な色彩が画面に踊っている。いまは亡き名匠、トニー・スコット監督は、素早いカット割りや迫力ある映像が特徴だが、その映像自体には、映画史のなかでアメリカを代表する、ジョン・フォード監督に通じる、詩的な美しさが宿っているように感じられるのだ。

 トニー・スコット監督は、その後も充実した仕事を続け、本作と同じく代表作となる、アメリカの防衛に対する意見が激しく衝突する潜水艦映画『クリムゾン・タイド』(1995年)を撮りあげる。そして遺作となった映画『アンストッパブル』(2010年)は、『トップガン』同様、失意のなかにある主人公たちが、心の弱さを乗り越えて愛する人々を守ろうと奮闘する傑作だった。これらの作品に共通するのは、“アメリカ魂”といえる、大事な人たちを守りたいと願う市民の素朴な心意気である。

 現実に起こった「アメリカ同時多発テロ」後のイラク爆撃を後押ししたように、国を守ろうとする国民の感情は、ときに危うい方向に舵をきることもある。トニー・スコット監督は『トップガン』以降、そんな状況を予言するような、アメリカに内在する問題に、次第に比重をかけていくこととなる。その姿勢は、ジョン・フォード監督や、兄のリドリー・スコット監督がたどったアプローチの変化にも呼応しているように感じられるのだ。

 本来なら、2010年頃に持ち上がった企画によって、トニー・スコット監督がふたたび『トップガン』の続編を監督するはずだった。しかし彼は2012年に自ら命を断ち、人生の終わりを迎えてしまう。彼の作品群に生きる力を与えられてきた、われわれ観客にとって、その報は非常にショッキングなものであった。しかし、トニー・スコットがアメリカを代表する監督の一人であることは、すでに撮られた『トップガン』をはじめとする作品の数々によって、これからも歴史のなかで証明され続けることだろう。

 さて、2022年公開予定の『トップガン マーヴェリック』は、『オブリビオン』(2013年)でトム・クルーズと組んだ、ジョセフ・コシンスキーが、新たに監督を務めることになった。当初、豪快な『トップガン』を撮るには、その作風は線が細すぎる印象もあったが、やはり素朴な“アメリカ魂”を美しく抒情的に、そして豪快に描くことになった傑作『オンリー・ザ・ブレイブ』(2017年)によって、続編に俄然期待が高まることになった。さらに『トップガン マーヴェリック』の予告を見る限り、どうやらビーチバレーのシーンもちゃんと用意してあるようだ。『トップガン』の放送を観ながら、この続編へも期待を膨らませたい。

■放送情報
『トップガン』
フジテレビ系にて、11月20日(土)21:00~放送
※一部地域を除く
1986年・アメリカ
監督:トニー・スコット
出演:トム・クルーズ(森川智之)、ケリー・マクギリス(安藤麻吹)、ヴァル・キルマー(東地宏樹)、アンソニー・エドワーズ(平田広明)、トム・スケリット(小川真司)

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