日曜劇場からハリウッド映画まで“世界のバイプレーヤー”に 國村隼の脅威の来歴とその魅力

國村隼の脅威の来歴とその魅力

 2021年――我々人類と國村隼さんのエンカウント率が非常に高まっている。TVドラマ『日本沈没―希望のひと―』(TBS系)、Netflix映画『ケイト』(2021年)、映画『MINAMATA―ミナマタ―』(2021年)と、テレビ・配信・劇場のどこへ行っても國村さんと出会う状態で、まさに國村包囲網が出来上がっている。なかなかこういう機会もないので、今回は國村さんの脅威の来歴と、その魅力について書いていきたい。

『MINAMATA―ミナマタ―』

 國村さんの凄みをひと言で表すなら、振り幅が広すぎることだろう。デビューから一貫して、國村さんは受ける役の幅が広い。元々は劇団出身で、『ガキ帝国』(1981年)で映画デビュー。現在も傑作として語り継がれている作品ではあるが、「作家性重視で実験を歓迎するけど、予算は1000万円」で知られるATG映画であり、衣装も自前という低予算な現場だった。ゲリラ撮影を多く、逃げ回りながら撮影していたので、國村さんは「映画って大変なんだなぁ」と思ったという。その後もテレビドラマで活躍しつつ、ハリウッド映画の『ブラック・レイン』(1989年)に出演。監督はリドリー・スコット、日本を舞台にしたアメリカン刑事とヤクザの攻防を描いた作品で、もちろん日本から大量の役者が動員された。高倉健や若山富三郎といった大御所から、ガッツ石松や内田裕也に至るまで、まさにコワモテ総力戦。特にメインの悪役を演じた松田優作の熱演は伝説と化しており、今なお本作が語り継がれている理由の一つだろう。本作で國村さんは松田優作と手下役で共演している。そしてロサンゼルスでの撮影中に、松田優作が飯を奢ってくれたそうだ。飯を食いながら作品やリドリー・スコットについて熱く語る松田優作を見て、國村さんは思った。

「“この人がここまで一生懸命になって楽しんでいるのか”と思って、優作さんを夢中にさせる映画を自分もやって行こうと、そのとき初めて思ったんです」(『キネマ旬報』2013年9月下旬号より引用)

 かくして腹を括った國村さんのもとへ、『ブラック・レイン』の影響で海外からオファーが届いた。香港映画『さらば英雄 愛と銃撃の彼方に』(1991年)という映画だったが、ここで香港映画らしい事件が発生する。何と主演のアニタ・ムイがコンサートツアーに出るため撮影が中断されてしまったのだ。事前に調整しておけよという話ではあるが、そこはザックリした香港エンタメである。しかし國村さんの器は、そんな香港マインドを飲み込むほどデカかった。怒って帰国しても良さそうなものだが、「(撮影が)休みの間に何か出る?」というプロデューサーの誘いを受けて、香港を拠点に俳優活動を行うことにする。ここで國村さんは撮影前の脚本がないなど、香港スタイルの洗礼を受けた。当初は「頼むから脚本をくれ。自分のキャラが分からん」と戸惑いも相当なものだったそうだが(当たり前だ)、何だかんだで俳優活動を継続、2年半ほど香港に滞在して、計5本の映画に出演。そしてプロデューサーと「せっかく香港にいたんだから、ジョン・ウーと仕事したかったなぁ」と話して日本に帰国した。……が、帰国後に日本で映画の撮影準備に入っていたら、クランクインの1週間前に香港から電話が。「ジョン・ウーとチョウ・ユンファが映画を撮るそうなんだけど、明日来れますか?」。またしてもザックリした香港マインドが炸裂したが、國村さんはすぐさま香港に飛び、そのまま1週間ほど昼夜逆転で映画を撮り続けた。それこそが今なお香港映画の歴史に残る傑作『ハード・ボイルド/新・男たちの挽歌』(1993年)である。國村さんはマシンガンを乱射する殺し屋を演じ、出番は少しだが強烈な印象を残した。なんというフットワークの軽さだろうか。

『哭声/コクソン』

 ゲリラ撮影が基本のATG映画、莫大な予算が動くハリウッド映画、ザックリ・マインドで娯楽を追求する香港映画……この時点で國村さんが相当な経験値を積んでいたことは想像に難くない。90年代以降、國村さんは国内で様々な映画に出演している。エンターテインメントから文芸作品まで、具体的に作品名を挙げ出すときりがない。日本のほとんどの有名監督と仕事をしているし、たぶん出ていないジャンルはないんじゃないかと思う。そして、ほんのわずかな出番でも、國村さんはシッカリ記憶に残るのだ。たとえば『シン・ゴジラ』(2016年)の「仕事ですから」は記憶に残っている人も多いだろう。他にも『キル・ビル Vol.1』(2003年)では首だけになっていたし、『アウトレイジ』(2010年)で凄い死に顔になったり、『進撃の巨人』(2015年)でもアレなことになったりと、体を張ることを全くいとわない。韓国の鬼才ナ・ホンジン監督の『哭声/コクソン』(2016年)では、山の中を褌一丁で這いまわる熱演を見せた。韓国映画の中でも際立って厳しいと評判のナ・ホンジンの下、生傷の絶えない撮影に、さすがに「もう無理」とストップをかけることもあったそうだ。しかし熱演の甲斐あって、何と日本人で初の韓国のアカデミー賞・青龍映画賞で助演男優賞を獲得。同作は大ヒットを記録し、世界中の映画ファンに衝撃を与えた。そして2020年代現在、國村さんの活躍は最初に書いた通りだ。今や國村さんは世界を股に掛けるバイプレーヤーである。



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