『整形水』から浮かぶ“美の絶望” チョ・ギョンフン監督が描きたかったホラーとは

『整形水』“美”の意識による絶望

時に暴力性を伴う美への認識

ーー韓国ドラマと韓国映画のクオリティの高さは世界的にも有名ですが、アニメ文化はそこまで浸透していないと伺いました。韓国ではアニメは子どものものだと考えられているのでしょうか。ウェブトゥーンの人気をきっかけに大人をターゲットにしたアニメが増えると思いますか?

ギョンフン:おっしゃる通り、これまで韓国のアニメーションは『ポンポン ポロロ』や『ロボカーポリー』のような、未就学の子供たち向けの作品が主流でした。そういった作品の中にはグローバルに成功しているものもあるのですが、ティーン向けのアニメは作られていませんでした。そのため、韓国の子どもたちは小さい頃は韓国で作られたアニメを観るのですが、中学生にもなると日本のアニメを観るのです。

しかし、今は配信メディアが増え競争が高まってきています。その中で状況が変化し、メディアは多様化していきました。ゲーム、ドラマ、ウェブトゥーン、音楽などは国内消費ではなく、グローバルな方向に軸足を移しつつあり、さまざまなコンテンツが作られています。アニメにしても、ハイティーンをターゲットにした作品が作られつつあります。成人向けアニメの需要は今後増えていくことでしょう。

ウェブトゥーンやウェブ小説を原作とした作品の企画は次から次へと立ち上がっており、準備している人たちも少なくありません。経験が積まれれば作品のクオリティは上がっていくと思います。

ーー『整形水』も韓国で大ヒットしたウェブトゥーンを原作としているんですよね。整形大国の韓国で、整形をテーマとしたホラーサスペンスがヒットした背景をどのようにお考えですか?

ギョンフン:『整形水』は、外見が変わったことで人生もドラマチックに変わった人のストーリーです。これは、大衆が好む内容なんです。外見が変わって人生が変わった作品は、韓国で映画化された日本の漫画原作『カンナさん大成功です!』がありますが、『整形水』はさらに一歩踏み込んでいます。

一瞬にして美を手に入れ、崩れてしまうのではないかという恐怖、崩れたことで周囲が変わっていくのではないかという恐怖は、私が思っているよりも大衆の無意識の中にあったんだと思います。そういうところを引き出して、映画の中で描いているから関心をもってもらえたのではないでしょうか。

ーー原作と設定が変わっているそうですが、どういった部分を変更したのでしょうか?

ギョンフン:実は大きな骨組み以外は設定を変えてあります。イェジが芸能界で仕事をしていること、職業がメイクアップアーティストであること、過去にバレエをしていたことは原作とは異なります。また、彼女を取り巻く人物も設定を変えたり、付け加えたりしました。実は整形水がもたらす変化にも若干の変更を加えています。

原作と違うところがたくさんありますが、それは原作に描かれていた物理的な副作用よりも心理的な副作用に焦点を当てたかったからなのです。整形したことによって他人の視線がどう変化したのか、主人公はどんなトラウマを抱えているのかを中心に描きたいと思ったのです。原作で描かれている事件を映画でも展開させていますが、中心はあくまでイェジだと考えました。彼女の喜怒哀楽を描きたかったのです。

ーーイェジの精神的な変化を大袈裟に描いていますが、そうすることで整形文化に疑問を投げかけたかったのでしょうか。

ギョンフン:正直に言ってしまうと、個人的に整形文化が良いか悪いか、ほぼ関心がないのです。『整形水』の中では整形というモチーフを持って来ていますが、私が問いかけたかったのは、人間の本質的な美しさは何なのか、です。人々は美しさに対する認識と、美しさを見る視線を持っていると思います。そして、ある時はそれが暴力性を伴うのです。私はその辺りを誇張して映画の中で見せました。ブサイクで太っていても言葉の暴力や身体的な暴力を受けますが、一方で綺麗な人も何らかの暴力を受けてしまうーー。つまり、私たちは美の認識の中に閉じ込められていて、そこから抜けることができないのです。そんな絶望を描いてみたいと思いました。

ーー韓国内での反響はどうでしょうか?

ギョンフン:さまざまな評価がありました。「自分にとっての最高傑作」と言った声があった反面、「最悪の映画だ。気分を害する」といったコメントも寄せられました。「外見ではなく内面が大事だ」という人もいれば、「そうは言っても外見は大事だから、自分は今すぐにでも整形をしたい」という人もいました。韓国の朝ドラは展開が早くて予想もつかないものがありますが、『整形水』はそれに似ていてありふれた内容だといった意見もありました。そうかと思えば、「思っていた以上に想像力を働かせる作品だった。全体的に見ると感情移入しやすく、怖かった」と言ってくれた人もいましたね。

ーー本作の主人公であり整形美人のイェジはジョーカーのように環境が作り出した悪人だそうですが、悪になってしまった原因は彼女の外見と、外見を重んじる韓国の文化が影響しているとお考えですか?

ギョンフン:何らかの問題が発生した時に、その責任の全てを社会や特定の個人のどちらか一方に押し付けてしまうことは危険だと考えます。私としては、個人と個人を取り巻く社会が相互作用をすることで生まれた結果ではないかと思います。外見を重要視する文化は、韓国、日本、西洋、そして時代にかかわらず、程度の差はあれど存在します。とはいえ、韓国は自分の考えを直接的に人に伝える傾向があるので、時にはそれが相手にとって強制になってしまうことがあります。他の国の人たちがこの映画を観た時に、そういった部分を敏感に感じるのではないでしょうか。

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■公開情報
『整形水』
9月23日(木・祝)全国公開
原作:オ・ソンデ(LINEマンガ『奇々怪々』内「整形水」)
監督:チョ・ギョンフン
提供:トムス・エンタテインメント
配給:トムス・エンタテインメント/エスピーオー
2020年/韓国/85分/カラー/ビスタ/5.1ch/英題:Beauty Water/翻訳:小西朋子/PG12
(c)2020 SS Animent Inc. & Studio Animal &SBA. All rights reserved.
公式サイト:seikeisui.jp
公式Twitter:@seikeisui

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