『賢い医師生活』の今からでも間に合う“処方箋” 日米医療ドラマとは異なる独自性を読む

異色医療ドラマ『賢い医師生活』の独自性

 日本が数年ぶりの韓流ブームに沸き立ち、『愛の不時着』や『梨泰院クラス』の感想がSNS上を飛び交っていた2020年、Netflix韓国で最も観られたドラマシリーズとなったのが『賢い医師生活』だ。日本でも、シーズン2の盛り上がりと共にじわじわと注目を集めている今作。先にヒットした『ヴィンチェンツォ』をはじめ、最近は復讐劇やサスペンス、コメディに、ラブロマンスなど、さまざまな要素が絡み合った“ジャンルレス”は韓ドラの1つのキーワード。そんな中にあって『賢い医師生活』は、言うなれば医療ヒューマン“音楽”ドラマ、英題『Hospital Playlist』がしっくりくる。

 主人公の医師たちが忙しい合間を縫ってバンドを組み、その週のテーマソングを決めては週末にバンドの練習に勤しむ、という異色といえば異色作。劇中で医師を演じる俳優たちが自ら楽器を習得してバンド演奏するOST(オリジナルサウンドトラック)は日本盤CDが発売される、という人気ぶり(参照:https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKIZC-635/)。日本の医療ドラマはよく観ていても、韓国の医療ものは初めてという方や、前から気になっていた……という方に、今作の楽しむための“処方箋”を考えてみた。

ひと言でいえば“素朴”? だが、そこがいい

 今、日本では2本の医療ドラマが放送されている。1つはTBS日曜劇場枠の『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』。東京都知事の号令で新設された救命救急のプロフェッショナルチームが最新医療機器とオペ室を搭載した大型ERカーで駆けつけ、現地で救命措置を行う。命にかかわる重大事故・災害・事件の現場だけに、鈴木亮平や賀来賢人をはじめとする『TOKYO MER』のドクターたちには戦隊ヒーローやアベンジャーズを重ねる声もあるほど、毎回、彼らのスーパーヒーロー的な活躍が話題となっている。

 また、もう1つはフジテレビ月9の『ナイト・ドクター』。試験的に設置された夜間勤務だけを専門に行う救命医チームを描く青春群像医療ドラマ。波瑠はじめ、田中圭、岸優太(King & Prince)、北村匠海、岡崎紗絵が演じる5人の医師が、夜間だけ救命医を務める。

 いずれも実在はしなくとも、“あっていい”と思える設定のオリジナルドラマで、日本では米ドラマ『ER 緊急救命室』や『グレイズ・アナトミー』などに強い影響を受けたであろう『救命病棟24時』(フジテレビ系)や『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(フジテレビ系)の流れを汲むような、救命医療ものへの支持は相変わらず熱い。

 もしくは、颯爽と登場して難易度の高い手術を軽々とこなす孤高の医師と『白い巨塔』のごとく病院内の覇権争いを描く『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)も根強い人気があり、10月から第7シリーズがスタートするところだ。

 一方、『賢い医師生活』はどうかといえば、大都市ソウルにある総合病院・ユルジェ病院が舞台。ここで働く医師やレジデント、インターン、看護師らとその家族、患者とその家族といった“人々の日常”をどこまでも緻密で、繊細に組み立てられた脚本で紡いでいく。

 主人公は、1999年にソウル大学医学部に入学して以来、20年来の親友である5人の医師たち、肝胆膵外科医のイ・イクジュン(チョ・ジョンソク)、小児外科医のアン・ジョンウォン(ユ・ヨンソク)、胸部外科医のキム・ジュンワン(チョン・ギョンホ)、産婦人科医のヤン・ソッキョン(キム・デミョン)、脳神経外科医のチェ・ソンファ(チョン・ミド)。

 胸部外科や脳神経外科は神がかった天才医師が登場しがちだが、肝胆膵外科の専門医が登場するのが、まず珍しい。肝臓、胆嚢、膵臓という肝心要の静かなる臓器を扱いながら、実際は一番賑やかなキャラクターのイクジュンは5人の中心人物。バンドでは主にボーカルとギター担当する。また、日本の『コウノドリ』(TBS系)では綾野剛演じる主人公がピアニストと産婦人科医の2つの顔を持っていたが、ソッキョンもまさにピアノ担当。腕は確かだが、人間関係で誤解を受けがちな不器用な先生だ。

 さらに、技術、人格と欠点がないことが欠点の完璧な脳外科医ソンファは、バンドの精神的支柱となるベースを担当。演じるチョン・ミドはミュージカル出身ながら、皆が閉口するほどの“音痴を演じている”点にも注目。

 ジョンウォンはキリスト教徒ながら、患者の親をも魅了する優しさからついたニックネームが“仏様”、バンドの土台となるドラムを担当する。対照的に、愛想がなく後輩にも厳しいジュンワンは、実は人一倍の豊かな感情と情熱を胸に秘めたギタリスト。そのほかにも看護師やインターンなどが次々に登場するが、あまり韓国俳優に詳しくないという方も、少しずつ彼らの名前と顔、診療科が一致してくるだろう。

 もちろん、韓国にも天才医師たちのプロジェクト・チームを描いた『メディカル・トップチーム』や、ジョンウォン役ユ・ヨンソクが出演した天才外科医を描く『浪漫ドクターキムサブ』、日本リメイクもされた『グッド・ドクター 名医の条件』など、医療ドラマの傑作は多々ある。

 今作では第1話こそ、ソンファとソッキョンの目の前で急病人が倒れ、応急処置をして救急車に慌ただしく乗り込むシーンがあったが、そうそう大仰なな出来事は起こらない。命と向き合う病院である以上全くないわけではないが、彼らは日々、病を抱えた患者1人1人に真摯に向き合い、外来や回診、手術を粛々とまっとうするのみ。そして、ひとたびスクラブ(Vネックのユニフォーム)を脱げば、離婚歴のあるシングルファザーだったり、親子関係や自身の恋愛に苦悶していたり、シーズン2では親世代の病にも触れられるなど、あくまでも医師である“40代”の日常と彼らの心情を、1つ1つのエピソードの積み重ねで丁寧に描いていく。

 また、それぞれが多忙な毎日を過ごしながらも、バンド練習だけは欠かさない。(韓国語が理解できれば、より最高なのだが)彼らがピックした懐かしのヒットソングの歌詞がその回の内容とリンク。それがこの上なく心地良く、癒しのひとときをもたらし、清々しいまでの余韻を残してくれる。チョ・ジョンソクが歌い上げた楽曲「ALOHA」は2020年のヒットチャートを賑わせ、また、産婦人科のレジデント、チュ・ミナと一般外科のレジデント、チャン・ギョウルがBTSのファン「ARMY」仲間であることも今っぽい。

 何より、「賢い医師生活」を見ていて最も脳裏に浮かぶのが、医療とは“仁術”であること。仁とは儒教における「五常の徳」の教えの1つで、昨年の緊急事態宣言中に再放送された『JIN-仁-』(TBS系)の南方仁に名づけられたように、「愛情を他に及ぼすこと。いつくしみ。思いやり」(大辞林)。まさしくこの仁の精神が根っこになければ、医師は務まらない。撮影やバンド練習を通して実際に親しくなった俳優陣が織りなす、親友ならではの愛ある適度な距離感やユーモアには、いつの間にか顔がほころんでいるだろう。

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