『おかえりモネ』に存在する複数の視点 価値観を押し付けない安達奈緒子脚本の誠実さ
物語に存在する複数の視点は「価値観を押し付けない展開」へとつながる。たとえば鮫島のサポートをチームで行いたいと発言した朝岡(西島秀俊)に対し、当初、モネ以外の神野と内田(清水尋也)はその申し出を断る。が、朝岡より残業代の提示があり、ふたりは新たな業務を承諾。と書くと、それこそご都合主義に見えるかもしれないが、普通のドラマが「車椅子マラソンのアスリートをサポート」=「誰もが前向きに受けるべき案件」にしがちなところを、安達奈緒子はそう書かない。同調圧力をやわらかく避けた表現をすることで、断ることを含めた選択の自由をまろやかに示す。
また、東日本大震災で妻と家とを失った漁師の新次(浅野忠信)は息子の亮(永瀬廉)と永浦家の人々の前で「俺は立ち直らねえ、立ち直らねえよ」と絞り出すように語り、モネが住む東京のシェアハウスで、決して人前に現れない宇田川のことを、家主の菜津(マイコ)は「いい人なの、いい人なのよ」と評する。宇田川も姿こそ見せないものの、深夜に風呂の掃除をし、強化選手の選考会に臨む鮫島のためにパネルの文字を書く。ここに「人は自分が受けた傷を乗り越えるべき」、「大人はひきこもらず社会とかかわるべき」……等、傷を負う人への価値観の押し付け=~すべき、はない。
『おかえりモネ』にもし弱点のようなものがあるとすれば、集中してしっかり観ないと物語の大事なエッセンスを見逃してしまう点かと思う。朝の支度をしつつ、ながら見をすることも多い朝ドラ枠で、作品と向き合う15分を確保するのは厳しいかもしれない。だが、このドラマにはその価値があると強く感じる。
第13週「風を切って進め」のラストでは、モネに最初の“根”となる言葉を投げかけた菅波のやりきれない過去が明らかになった。彼の後悔と自責の思いを静かに受け入れしっかり受け止めるモネ。それは第2週から紡がれてきた糸が透明になり、そっと空に昇っていくような場面。
おそらく第14週から、物語は新たなターンに入るのだろう。“あなたのおかげ”“誰かのために”を経て、次はどんな芽がモネの中に生まれるのか。
本作は本当に「薄味のお茶漬け」なのだろうか。私はそうは思わない。しいて言うなら「丁寧に丁寧にだしを取った味わい深い澄まし汁」だ。一口目より二口目、そして最後の一口を飲み干した時に体中から静かな力が湧いてくる。『おかえりモネ』はそんなドラマである。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:清原果耶、内野聖陽、鈴木京香、蒔田彩珠、藤竜也、竹下景子、夏木マリ、坂口健太郎、浜野謙太、でんでん、西島秀俊、永瀬廉、恒松祐里、前田航基、高田彪我、浅野忠信ほか
脚本:安達奈緒子
制作統括:吉永証、須崎岳
プロデューサー:上田明子
演出:一木正恵、梶原登城、桑野智宏、津田温子ほか
写真提供=NHK