『100日間生きたワニ』の出来はどうだったのか 原作のブームや興行的な苦戦とともに考察

『100日間生きたワニ』の出来を評価

 一方、アニメーション作品として本作を眺めた場合、それ以外の新しさをあまり感じられないというのも確かだ。特異な原作を与えられ、劇場作品にできるという機会がありながら、これまでにない演出や表現で、観客を驚かせたり興味を惹こうとするような試みがあるようには感じられないのだ。少なくとも原作には、SNSの瞬発力を利用した、悪趣味ながら“死のカウントダウン”という趣向があったのである。その要素を捨て去るのであれば、何か違うものが必要だったのではないか。

 本作の上映時間は、63分。通常の劇場作品として単体で上映するには、いささか不満が残る尺である。このような異例のかたちになった理由は、できるだけ鮮度のあるうちに素早く公開したかった事情があるのではと勘繰ってしまうが、どちらにせよ、このボリュームで成立させようとするのであれば、劇中に「この部分はおそろしく見応えがあった」と思えるだけの、何らかの突出したスペシャリティが必要だったのではないか。この内容であれば、例えば、エピソードを細切れにして、原作同様に100日100話で、1分未満の短編を朝の番組の一部に組み込んで放送するような企画の方が相応しかったように思える。

 ただ、そんな本作を悪しざまに言うような気にならないのは、とくに後半に新しいテーマが設定されていて、ドラマとして“鑑賞する意味”が存在するからだ。原作がシリーズのなかでたどり着いたのは、日常の何でもない一瞬一瞬がどれだけ大切なのかという、『シェルタリング・スカイ』(1990年)にも通底する、単純だが普遍的な、人生に対する姿勢だった。本作の後半部分は、そこから、残された者たちがどう立ち直るかが題材となっているのだ。

 新キャラクターとして登場するカエルは、後ろ姿だけはワニとなんとなく似ているが、見た目も性格も、全く異なる存在だ。ワニの親友だったネズミを含め、ワニがいなくなったことで喪失を抱える登場人物たちは、ワニのことを大事にしていたからこそ、その喪失感を別のもので埋めることはできないでいる。そして、だからこそ、無神経に見えるカエルと友達になろうという気力がなおさら起きないのだ。しかし、喪失感を抱えつつも、生きている者は生活を続け、人生の楽しみを味わっていかなければならない。それが、ワニの死を経験した者たちが学んだことであるはずだからだ。

 本作のカエルという存在は、ワニと全く違う存在であるがゆえに、同じように原作漫画で“ワニを失った”喪失感を抱え、ワンシーンでも多くワニを見ていたいという考えの原作ファンを失望させるかもしれない。だが、大事な存在を失ったことがある観客ならば、それが大事であればあるほど、似た何かで心の穴を埋めることはできないことを理解しているはずだ。だからこそ、本作の登場キャラクターたちが友達を新しく迎えるとするなら、ワニとは全く異なる、唯一無二の存在でなければならないのだ。

 喪失はいつまでも消えない……。この一種の諦念を受け入れて、前に進むことが、亡くなった者に対しても、新しく出会う者に対しても誠実な態度なのではないか。交通事故による突然の死はもとより、現在、災害やコロナ禍、医療態勢の逼迫などによって、より“死”は、われわれにとって身近なものとなっている。そんな時代のなかで、“死”を過小評価せずに、また過大な喪失ともとらえず、残された者の“生”を描いていくという姿勢は、多くの表現者にとって重要なものになりつつあるのではないだろうか。その見方において本作は、原作漫画よりも、現在に必要な問題にフォーカスできているといえるのではないだろうか。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『100日間生きたワニ』
全国公開中
声の出演:神木隆之介、中村倫也、木村昴、新木優子、ファーストサマーウイカ、清⽔くるみ、Kaito、池⾕のぶえ、杉⽥智和、⼭⽥裕貴
監督・脚本:上田慎一郎、ふくだみゆき
原作:きくちゆうき『100日後に死ぬワニ』
コンテ・アニメーションディレクト:湖川友謙
音楽:亀田誠治
主題歌:いきものがかり「TSUZUKU」(Sony Music Labels)
製作:市川南、⼤⽥圭⼆
共同製作:藤川克平、中尾恭太、春⼭ゆきお、辻野学、五⽼剛
エグゼクティブプロデューサー:⼭内章弘、上⽥太地
プロデューサー:⾅井真之介、⼭中⼀孝
コンテ・アニメーションディレクト:湖川友謙
美術監督:徳⽥俊之
⾊彩設計:池⽥ひとみ
撮影監督:簡佳瑩
アニメーション制作:TIA
配給:東宝
製作:「100⽇間⽣きたワニ」製作委員会
(c)2021「100日間生きたワニ」製作委員会
公式サイト:100wani-movie.com
公式Twitter:@100waniMOVIE
公式Instagram:@100wanimovie

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