稲垣吾郎には“揺らぎ”が似合う　舞台『サンソン』シャルル役で魅せた葛藤

　さて、ここからは俳優・稲垣吾郎の魅力について語っていきたい。

　『サンソン』の舞台は18世紀のパリ。フランス革命を含む激動の時代が描かれる。稲垣演じるシャルルは、家業として死刑執行人の任を担っているが、現役の医師であり、信仰を持つ人物。人の命を救う医師と、法律の下とはいえ、人の命の灯を消す死刑執行人。さらに、貴族と同等の暮らしをしながら、人々からは酷い偏見を持たれている身分。そのさまざまな矛盾から生まれる葛藤を稲垣は繊細に魅せていく。

　おもしろいのは、この作品におけるシャルルの立ち位置だ。少し乱暴かもしれないが、こと大掛かりな舞台作品において、主役は大きくふたつのパターンに分けられる。ひとつは“自ら状況を切り開き動かしていく人物”。そしてもうひとつが“時代の波や周囲の状況に巻き込まれ葛藤する人物”。本作『サンソン』におけるシャルルは後者である。

　生まれた時から死刑執行人として偉大な父の跡を継ぐことを決定づけられ、その任についてからも、政治と革命、そのどちらにも参加しない。ただ彼が行うのは、死を迎える罪人たちの苦痛を少しでもやわらげ、身分によって処刑時の痛みに差が生まれないよう、ギロチンの開発を後押しすること。

　事態を一歩離れた場所から見渡し、自分ができることをする。その中で生まれる“揺らぎ”を表現するのが稲垣はとても巧みだ。

　たとえば彼の代表作のひとつ『金田一耕助シリーズ』（フジテレビ系）の探偵・金田一。事件の解決に手は貸すけれど、目の前で起きている悲劇に直接は関わらない。また現在、NHKのよるドラ枠で放送中の『きれいのくに』で稲垣が演じた“映画監督”も、恵理（吉田羊・蓮佛美沙子）の話をただ聞き、それをカメラに収める役割である。

　醒めているわけではないが、アツく渦中に突っ込んでいくわけでもない。他者との軋轢を好まず、自らの内面につねに正義を問いかける。そんなキャラクターに存在感を与え、舞台上や画面の中で輝く稲垣吾郎の姿を見ていると、そこに彼自身の輪郭が浮き上がってくる気もする。

　シャルル＝アンリ・サンソンは、ルイ16世やマリー・アントワネット、ロベスピエールらを死刑執行人として断頭台に立たせた。じつは死刑廃止論者でもあった彼が、歴史上2番目に多い……3000人以上もの人を処刑する任を担ったというのは何とも言えない話である。

　稲垣吾郎が演じることを熱望したシャルル＝アンリ・サンソン。矛盾と苦悩とを抱えながら、己の正義と真実とを探し求めた彼の生きざまは、今を生きる私たちに何かを問いかけているようだ。

■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』（劇場の世界案内人）、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ！感激シアター』（舞台コメンテーター）等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter：@makigami_p

■公演情報
『サンソン－ルイ16世の首を刎ねた男－』
【東京公演】2021年4月23日（金）～5月9日（日）東京建物Brillia HALL ※公演中止
【大阪公演】2021年5月21日（金）～5月24日（月）オリックス劇場
【福岡公演】2021年6月11日（金）～6月13日（日）久留米シティプラザ
【横浜公演】2021年6月25日（金）～6月27日（日）KAAT 神奈川芸術劇場
出演：稲垣吾郎、中村橋之助、橋本淳、牧島輝、落合モトキ、藤原季節、清水葉月、智順、藤田秀世、有川マコト、松澤一之、田山涼成、榎木孝明
演出：白井晃
脚本：中島かずき（劇団☆新感線）
音楽：三宅純
原作：安達正勝『死刑執行人サンソン』（集英社新書刊）坂本眞一『イノサン』に謝意を表して
公式サイト：https://sanson-stage.com/

■放送情報
よるドラ『きれいのくに』
NHK総合にて、毎週月曜22:45〜放送【全8回】
出演：吉田羊、蓮佛美沙子、平原テツ、小野花梨、橋本淳、加藤ローサ、青木柚、見上愛、岡本夏美、山脇辰哉、秋元龍太朗、稲垣吾郎
作：加藤拓也
音楽：蓮沼執太
制作統括：訓覇圭
プロデューサー：小西千栄子　高橋優香子
演出：西村武五郎、鹿島悠、田中陽児、加藤拓也
写真提供＝NHK