フランシス・マクドーマンドはなぜ“みんなのお母さん"女優なのか 私生活と演じる役の関連性

F・マクドーマンド演じる“母親”の力強さ

養子にとった息子 マクドーマンド本人と“母親”になること

 さて、そんな彼女だがジョエルとの間には自身の子を持たず、1995年に生後6カ月のパラグアイ人の男の子を養子にとっている。自分もまた、養子であったマクドーマンドにとって、“母親”になるということは一つ大きな意味を持っていた。『スリー・ビルボード』で娘を殺された母親役を演じた際のインタビューで、当時のことを以下のように振り返っている。

「常に惨事の一歩手前で暮らす、それが母親というもの。とにかく、やるしかありません。私は息子を自分で産んではいませんが、会ったばかりの生後6カ月の彼を抱いて匂いを嗅いだ瞬間から、私の役目が彼を生かし続けることだと確信したのです」

 その翌年、1996年に公開され、初のアカデミー賞女優賞受賞作品となった『ファーゴ』でマクドーマンドは身重の警部補マージを演じている。これから母になる、そんな役柄は彼女自身と繋がり、同時にマージを支える献身的な夫は公私ともにパートナーとして刺激し合っているジョエル・コーエンの姿のように感じる。マクドーマンドが“みんなのお母さん”になり始めたのは、この頃からだった。

厳しさと、少しのおトボけと、強い母の愛

 『ファーゴ』以降、マクドーマンドの演じる“母親”といえば、2000年公開の『あの頃ペニー・レインと』だ。同年に公開された『ワンダー・ボーイズ』でも主人公と不倫の末身篭っている女性を演じていたが、『あの頃ペニー・レインと』でのエレイン・ミラーが、多くの人にとっても“母親的マクドーマンド”を印象づけた役ではないだろうか。

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 ローリング・ストーン誌でジャーナリストになることを夢見る主人公ウィリアム。しかし彼は幼い頃から厳格で保守的な母に育てられ、“良い子”でいることを教育されてきた。大学教授でもある母エレインにとってロックは教育に悪影響を与えるものであり、家の中では様々なものが規制されていた。それに嫌気がさして家を飛び出した姉がいて、ウィリアムは自分も夢を追いたい気持ちを持ちつつも、それと同時に母の厳しさの背景にある愛情をしっかり理解していた。

 そう、エレインは“ザ・不器用で厳格な母親”を象徴するキャラクターだった。息子が愛おしくて、彼のことが心配だからこそ、遠征時には逐一連絡することを約束させたり、執筆をするにも学業に差し支えないようにしろと言ったり。何より、息子が正直に夢を叶えるためにバンドツアーに同行すると言った時も頭ごなしに否定せず、彼が幸せになることを第一に願った。しかし、ウィリアムは目の前の楽しいことに夢中になって彼女への連絡を怠るようになる。そうしてある日、ライブ会場に直接エレインが電話をかけたとき、もう遠くで何をしているかわからない息子にむかって、必死に「愛している」と何度も電話口に叫ぶ。しかしその声は、外野のうるさい音でかきけされ、ウィリアムの耳には届かない。結局何も通じずに、切られる電話。このシーンのマクドーマンドが表情で訴える悲痛感に、観るたびに胸が苦しくなり、つい「お母さん……」と自分の母について想いを馳せてしまう。ごめん、私もちゃんと連絡してなくて。私がなかなか返さない返事を待っている時の母も、こんな風に悲しい思いをしているのか。“子供の身を案じているのに不器用な形でしかその愛を表現できない母親”というものを、これほどまでに力強く演じ切れる女優を、私は他に知らない。

 『スリー・ビルボード』もそうだ。自分の娘が性的暴行をされた上に、焼かれて殺された。そんな惨たらしい事件の末、母のミルドレッド・ヘイズは犯人の手がかりを一向に掴むことのない警察に不信感を抱き、自ら動きだす。捜査に本気乗り出していない警察に対する怒りを抱えていたが、彼女は同時に自分自身に対しても怒っていた。それは、普段から素行の悪い娘に遊びに行くから車を貸して、と頼まれたのを断ったこと。断った際に、娘に「夜道歩いてレイプされたらどうするの」と言われたのに対し、ついカッとなって「レイプされればいい」と言ってしまったことへの、後悔だ。

『スリー・ビルボード』(c)2017Twentieth Century Fox

 お互い大事に思っているのに、愛しているのに、それを素直に伝え合えないのもまた、一つの子と母親の関係性だ。それを想起させるからこそ、母親役のマクドーマンドを見ているとむず痒さを感じると同時に、心に強く訴えかけるものを感じる。それに、『ファーゴ』しかり、どのキャラクターも真剣な表情をしていたと思ったら、少しトボケるところがある。そういうところも、一つ“お母さん”っぽいのだと思う。

 子供に嫌われようとも、その子の身を絶対守りぬく。そういった強い母の気持ちをマクドーマンドは表情やボディランゲージの機微全てで体現する。両親に養子として迎えられ、実の母を知らない彼女。そして息子も、決して自分が産んだわけではい。しかし、先述の「私の役目が彼を生かし続けることだと確信した」という言葉通り、彼女は誰よりも“母親”であり、最も才能のある女優なのである。

■アナイス(ANAIS)
映画ライター。幼少期はQueenを聞きながら化石掘りをして過ごした、恐竜とポップカルチャーをこよなく愛するナードなミックス。レビューやコラム、インタビュー記事を執筆する。『あの頃ペニーレインと』は私の一番好きな映画。InstagramTwitter

■公開情報
『ノマドランド』
全国公開中
監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイほか
原作:『ノマド:漂流する高齢労働者たち』(ジェシカ・ブルーダー著/春秋社刊)
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2020 20th Century Studios. All rights reserved.
公式サイト:https://searchlightpictures.jp
公式Twitter:https://twitter.com/SsearchlightJPN
公式Facebook:https://www.facebook.com/SearchlightJPN/

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