『ノマドランド』で旅する荒野と記憶 自分にとって誇れる人生とは何か、教えてくれる路上

『ノマドランド』が描いた美しい生き様

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週はアメリカの化石発掘場に行くことが人生の夢の一つであるアナイスが『ノマドランド』をプッシュします。

『ノマドランド』

ノマドランド ポスター

 ノマド、という言葉を最初に知ったのは高校生の時でした。大学で学ぶという選択肢はあれど、就活をする自分の姿を想像したことがなく、どうにか自由な働き方を模索していた時にワークスタイル本のようなもので見つけた言葉。大学に通っていた時には、実際バイクで日本を旅する青年とも恋をした。そんなビートニクとの出会いも相まって、私は「路上」というものに強く、惹かれていたのです。『ノマドランド』はフランシス・マクドーマンド演じるファーンが、ノマドとして路上に出るという物語。しかしその実情は、ジャック・ケルアックを片手に夜行バスに乗り込む若者のそれとは少し違います。

 広大なアメリカという地には、いくつもの企業城下町が存在する。町は企業と運命共同体。発達すればより活性化し、衰退すればそこに務めていた人々は職だけでなく社宅という住処さえ失ってしまう。こういった工場を中心にした町が閉鎖され、ゴーストタウン化している例はアメリカでは多いんです。そしてファーンが失ったものは、それに加え病気により先立った夫と、同じ街で暮らす友人というコミュニティでした。何もかもを失った彼女が求めるものは、仕事。しかし、60代の女性が働き口を得ることはどの国でも難しいようで、彼女は各地を旅し、季節労働をこなしながら日々を暮らしていく。

 映画を観ていて、私は母のことを考えました。個人的な話でアレですが、『あの頃ペニーレインと』や『スリー・ビルボード』のマクドーマンドが演じた母親役が、私の母にそっくりで。いつの間にかマクドーマンドが母の分身のような存在になっていたのです。私は子供の頃から鍵っ子で、母も常に働き続けてきた人でした。そんな彼女もファーンと同じ60代。最近今の仕事を、年齢を理由に失いかけています。リタイアという選択肢はなく、これまたファーンのように新しい仕事を探そうとしている。本作で描かれる高齢者の抱える問題、これまで働き詰めてきたのにある歳になった途端に社会から放り出され、年金だけでは暮らしていけないし、まだ働きたいという意欲があるのに働き口がない、というファーンの悩みは日本にも十分共通するものでしょう。劇中彼女が受け取れる年金が550ドル(約5.5万円)と言われていますが、この映画の原作となったノンフィクション本(『ノマド 漂流する高齢労働者たち』)でも500~600ドルが妥当と紹介されていました。

 「では、母のような人はどうしたらいいのだろう。年金がさらに貰えないと言われている世代の私たちは一体どう生きていけばいいのだろう」。そんな風に、本作に登場する社会の周縁部に取り残された人々をみて思ったものです。一方で彼らのようにワーキャンパー(仕事をしながらキャンプする)という選択をした高齢者の数が増え続けていて、国内(特にAmazonなどの物流事業)における労働力を担っている事実も興味深く、そういった社会問題の一片を写したという点だけでも本作は素晴らしい作品なのです。

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