『おちょやん』シズは篠原涼子だからこそ演じられるキャラクター 岡安再興の日は来るのか
一度、千代を家族と認めたからには、毅然と守る姿が実に男前。千代の父・テルヲ(トータス松本)の借金取りが岡安に来た際に、あくまでも女将としての毅然な態度で謝罪し、千代から事の次第を聞き、変にリアクションをとるのではなく、全てを飲み込むように「話はわかりました」とだけ言って黙り込む姿。そして千代がみんなの力で借金取りから逃亡し、シズに自分が逃げた後の岡安を心配すると「見くびりなはんな! 大事おまへん」といつもの毅然な態度で一喝するも、千代が幸せになることが恩返しであり私の望みだと言い、「これは旅立ちだす。しんどなったらいつでも帰っておいで、あんたの家は岡安や!」「千代、気張るんやで!」と送り出す表情は、女将としての気高い顔と、旅立つ娘を心配する母親の顔の両方が入り混じる、毅然とした態度の奥に優しさがあふれる、シズというキャラの魅力が詰まった演技だ。その後に、借金取りにお金を渡し、今度道頓堀に姿を見せたらただではすまないと啖呵をきる姿は痛快で爽快。こちらも、篠原の真骨頂な演技を見せた瞬間だった。
このドラマには千代の師匠となる人物が数多く登場するが、大事なのが、流れ者が多い今作の中で、シズ並びに岡安は、“動くことがない場所”。千代にとっては、シズが第二の母親であり、岡安という帰る場所ができたことで、安心して自分のことを頑張れるようになっていった。だからこそ、この岡安があることで様々なエピソードが描かれる本作の土台がしっかり守られる。もはや『半沢直樹』(TBS系)の北大路欣也のような役者としての求心力が篠原にあることに改めて気づかされる。
しかし今週、戦争が始まり、そんな「岡安」を閉めることに。最後までシズは弱みを人前では見せず、長年勤めた女中たちに労いの言葉をかけ、気持ちを切り替えて「ちゃっちゃと行った」と追い出すように送り出し、ボソッと「芝居茶屋に湿っぽいのは似合わへん」と涙をこらえる。シズが涙を見せたのは、かつて修行していた時代に駆け落ち寸前にまでなった歌舞伎役者の早川延四郎(片岡松十郎)に、別れの再会を果たした後日、亡くなったことを聞いて「最後の最後にすっかり騙されてしもたがな」と涙をこぼしたとき以来だったように思う。相当悔しい思いもあるだろうが、逆らえない運命を受け入れる毅然とした態度が、やはりかっこいい。
ただここから、らしくない違和感を覚える。千代が劇団解散の不満をシズに告げると、ズは「辛くても思うことはできる」と、いつか岡安を再興してお茶子たちを呼び寄せたいと顔で語る。ここまではシズらしく志が高いと思わせたが、娘のみつえ(東野絢香)が疎開の説得にやって来ると、シズは1人で残ってここを守ると言い張る。状況を考えると危険でもあり、冷静なシズらしくない判断にも思える。それだけ岡安がシズにとって大事な場所で、戦争というものが、シズでさえもらしくない状態にしてしまうということかもしれない。
シズにとって自分の全てとも言えるこの場所を失ったときに、どんな演技を見せるのかはとても興味深い。公式インタビューで篠原は「“いくつになっても人って成長できるんだな”“子どもに教えてもらうこともあるんだな”と感じていただけるのではないでしょうか」と見どころを語っていたが(参照:篠原涼子さん「シズは本当にすごい女性だと思います」)、果たして誰がシズの固い心をほぐすのか。本作では篠原が得意とする頼れるクールさとユーモアが女将という役柄で見事にハマっているからこそ、今後の演技に注目したい。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/