“現代的”なファミリー映画として成立した『トムとジェリー』 “破壊と再生”の仕掛けを読む

『トムとジェリー』の様々な仕掛け

 ちなみに、このように暴力的な内容だったのは、『トムとジェリー』ばかりではない。ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオによるミッキーマウスが登場する初期の短編や、ワーナーの『ルーニー・テューンズ』シリーズにおいても、この種のバイオレンスは見られ、いまではTV放送に耐えないものもある。とはいえ、はちゃめちゃぶりこそが、『トムとジェリー』の本質的な面白さでもあるのは確かなのだ。

 そんな表現が、少なくとも当時に成立し得たのは、あくまで可愛らしい絵柄の“カートゥーン”としてキャラクターが描かれていたからこそだ。洗練された軽やかなテイストの絵柄が、ときに暴力的だったり猟奇的になる演出を緩和し、ユーモアに転換する役割を担っていたのである。もしキャラクターを3DCGで表現し、リアリティを増してしまえば、それはあまりに生々しいものになってしまうだろう。

 さて、今回の実写映画版では、そんなトムとジェリーにはちゃめちゃな大暴れをしてもらうために、最も相応しい状況を用意する。それが、“歴史ある高級ホテルで行われるセレブリティの結婚式”という舞台設定だ。この結婚式には、新郎新婦はもちろん、両家の親族や友人たち、ホテルの経営者や従業員たち、そして報道陣を通して、世界中の関心が注がれているのである。この“絶対に暴れてはいけない”シチュエーションを前に、トムとジェリーは、われわれ観客の期待にしっかりと応えてくれる。

 基本的にはスラップスティックな追いかけっこ劇であるアニメーションシリーズは、そもそも長編映画には向いていない題材だといえよう。だが本作は、このような舞台設定に加え、ときに仲良くなるトムとジェリーのエピソードを利用することで、暴力による破壊と、再生への努力を長編のドラマとして成立させているのである。

 かつて、暴力的だと批判されたこともあるアニメーションシリーズで論点とされたのは、バイオレンスシーンのすぐ後で、怪我などを負ったキャラクターがすぐに元の状態に戻ってしまうという問題だった。もし現実と同じように、アニメのキャラクターに、全てのダメージが累積する描き方がされたとすれば、もはやトムやジェリーは粉末のような姿でしか登場できなくなるだろう。すぐに元の状態に戻ることができるからこそ、笑って楽しむこができるのである。

 しかし、原因と結果、行動にともなう責任を学ぶべき時期にある子どもにとって、そのような描写は好ましくないと考える保護者は少なくない。だからこそ本作は、結婚式や男女の愛情という修復の困難な要素に、原因と結果の問題を移すという方策をとっている。そこで破壊と再生の両面が存在するドラマを描くことで、シリーズにおける長所を伸ばし、短所を克服するものとなっているのだ。

 このような仕掛けによって、本作は多くの観客が楽しめる“現代的”なファミリー映画として成立しているのである。さらに、もともとアニメーションのキャラクターのような可愛らしさがある、クロエ・グレース・モレッツやマイケル・ペーニャをキャスティングしたり、おそらくは1945年に発表された、ジェリーが田舎からマンハッタンへ移り住もうとする名エピソード「Mouse in Manhattan」を基としただろう、大都市ニューヨークの文化や地理的な魅力を脚本に盛り込むなど、本作には他にも様々な仕掛けが用意されている。

 なかでも、ジェリーを捕まえるために用意したトムの複雑怪奇な罠を、見事なカメラワークでとらえたシーン、トムとジェリーたちがボカスカと戦い、砂埃が舞うマンガ的な表現が、実写のなかで凄まじい威力を発揮してしまうシーンは、実写とアニメーションが合成された作品だからこそ楽しめる、大きな見どころとなっている部分である。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『トムとジェリー』
全国公開中
監督:ティム・ストーリー
出演:クロエ・グレース・モレッツ、マイケル・ペーニャ、ケン・チョン、コリン・ジョスト、ロブ・ディレイニー
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2020 Warner Bros. All Rights Reserved.
公式サイト:tomandjerry-movie.jp
公式Twitter:@TomAndJerry_JP
公式Instagram:@tomandjerry_jp
公式Facebook:@tomandjerryjp

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