『コロンバス』から『サマーフィーリング』まで 様々な愛のかたちで過ごす“優しい時間”

『オリ・マキの人生で最も幸せな日』(2016年/監督:ユホ・クオスマネン)

 再び気鋭監督による素晴らしい長編デビュー作のご紹介。北欧フィンランド発、モノクロームの16mmフィルムで撮られた宝石のような傑作だ。

 第69回(2016年)カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でグランプリを受賞したほか、フィンランド・アカデミー賞で最多8部門を獲得し、第89回(2017年)アカデミー賞外国語映画賞のフィンランド代表にも選出された。監督は1979年生まれのユホ・クオスマネン。

 これはなんと「ボクシング映画」である。ただしマッチョでハングリーな米国製の定型とは大きく異なる。ノスタルジックで同時に瑞々しい、ハートウォーミングな等身大のラブストーリーでもあるのだ。

 1962年夏の実話がベース。フィンランドの港町コッコラに暮らすオリ・マキ(ヤルコ・ラハティ)はいま、国民的なスターになろうとしている。パン屋の息子として生まれ育った彼だが、ボクサーとして欧州王者となり(リングネームは「コッコラのパン屋」)、いよいよアメリカの世界王者デビー・ムーアとの対戦を控えているのだ。しかもフィンランドで初めて開催されるボクシングの世界タイトル戦とあり、その注目度はハンパではない。

 しかしそんな折、友人の結婚式に参列したオリ・マキは、かねてから知り合いだった女性ライヤ(オーナ・アイロラ)に心惹かれていく。それからの彼は大事な試合のことも上の空で、フェザー級にエントリーするため57kgまで減量しなければいけないのに(彼はもともとライト級だった)、60kgを越えたまま。マスコミの喧噪にも巻き込まれ、闘志のスイッチが入らない。マネージャー(エーロ・ミロノフ)が心配して「大丈夫か? しっかりしろ!」と尋ねると、オリ・マキはぼそっとこう答えるのだ。「……どうやら恋をしている」

 『ロッキー』(1976年/監督:ジョン・G・アヴィルドセン)に擬えればライヤはエイドリアンに当たるだろうが、こちらはスポコンから程遠く、どこまでもほのぼのした素朴な味わい。「大きな仕事」よりも「小さな恋」――国や世界のヒーローになることよりも、愛しい彼女とふたりで一緒にいることの大切さ。

 1962年当時の空気感をフレッシュに再現する撮影や映像は同時期のヌーヴェル・ヴァーグが意識されているだろうが、全体的な作風はやはりフィンランドの大先輩、アキ・カウリスマキ(小津チルドレンのひとり!)を連想させるところが大きい。オフビートなユーモア。身の丈の幸福論。同じく1960年代を舞台にしたモノクロのカウリスマキ作品『愛しのタチアナ』(1994年)辺りをぜひ併せて観ていただきたい。

 ちなみにオリ・マキの対戦相手――本作でジョン・ボスコ・ジュニアが演じたアフリカ系アメリカ人のデビー・ムーア(1933年生~1963年没)こそは世界的に有名な伝説のボクサー。身長160cmに満たない「小さな巨人」として知られ、フィンランドでのタイトルマッチの約7カ月後、1963年3月21日、ドジャー・スタジアムでシュガー・ラモスと対戦。この試合中に頭を強打したことが原因で2日後の23日に死亡した。享年29歳。ボブ・ディランは彼の死に衝撃を受けて「Who Killed Davey Moore?」(1963年NYのカーネギー・ホールでのライヴ録音が『ブートレッグ・シリーズ』第1集に収録)という曲を書いており、高森朝雄(梶原一騎)原作、ちばてつやの漫画『あしたのジョー』での力石徹が試合後に死亡する回(『週刊少年マガジン』1970年2月22日号)においてもデビー・ムーアの死の件が言及されている。

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