『ワンダーウーマン 1984』にみるアメリカ近現代史 “ヘスティアの縄”が果たす重要な役割

荻野洋一の『ワンダーウーマン 1984』評

 前作のラストで死別した恋人スティーブが今回、ある奇跡のおかげで甦り、作品の前半はデート映画の楽しみさえ提供する。首都ワシントンD.C.を舞台に、スミソニアン博物館、国立航空宇宙博物館をそぞろ歩く恋人たち。ワンダーウーマンは職場の同僚女性と高層ビルのレストランで会食するが、彼女たちの背景には左手すぐにMLBワシントン・ナショナルズのホーム球場ナショナルズ・パークが見え、正面奥にはワシントン記念塔、そしてホワイトハウスも見えている。70年ぶりに再会した恋人たちが再会直後に歩くのはリンカーン記念堂前の池。思えばワンダーウーマンは孤独だ。全能の神ゼウスと、女性だけの島国アマゾンの女王ヒッポリタの娘である彼女の年齢は5000歳。ぜんぜん年を取らない。だから彼女の恋愛は成り立たない。愛する者との懐古に惑わされて前後不覚となるワンダーウーマンは、ジェンダーを超えたオルフェウスであり、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の再来でもあるのだ。

 ゆえに彼女は、家庭の幸福や個人的満足のために生きる術を採らない。無償の博愛だけが彼女を生かしている。彼女の最大の武器である《ヘスティアの縄》。スパイダーマンにとってのウェブ(蜘蛛糸)とは似て非なるものだ。敵に対する鞭、犯罪者の拘束、物品の確保、空中移動のためのロープとして活用される点はウェブと同じだが、《ヘスティアの縄》に縛られた者は真実しか話せなくなるのである。《ヘスティアの縄》のこの機能が、今回のクライマックスで重要な役割を果たすが、これについての詳述は控えよう。とにかく《ヘスティアの縄》は究極のウソ発見器ということになる。

 しかし驚くべきことがある。先述の研究書『ワンダーウーマンの秘密の歴史』でもくわしく述べられているが、ワンダーウーマンの生みの親ウィリアム・モールトン・マーストン(1893-1947)は心理学者、発明家であり、ハーヴァード大学の学生時代はちょうどハリウッド黎明期と重なり、多才な彼は、「アメリカ映画の父」と称えられるD・W・グリフィス監督や史上初の女性監督アリス・ギーのためにシナリオを書いて学費を稼いでいた。ラディカルなフェミニストであるマーストンが1941年11月に『All Star Comics』誌上に初めて『ワンダーウーマン』を描いて発表した時、すでに彼は別のことで世界的に有名な人物となっていたのだ。つまりウソ発見器の先駆となる装置「ポリグラフ」の発明者として。当時「ポリグラフ」がFBIにも警察にも政府にも軍にも採用されなかったため、マーストンはもっぱらワンダーウーマンの生みの親として歴史に名を残すことになった。

 そんな原作者の背景も知った上で、今回の《ヘスティアの縄》の果たす重要な役割を見ると、なにやら複雑怪奇、紆余曲折、跳梁跋扈のアメリカ近現代史がこの縄の絡みつく先にウネウネと脈打っているように思える。ワンダーウーマンにとって「真実」は、縄の形をしている。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『ワンダーウーマン 1984』
全国公開中
監督:パティ・ジェンキンス
出演:ガル・ガドット、クリス・パイン、クリスティン・ウィグ、ペドロ・パスカル、ロビン・ライト
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (c) DC Comics

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