ガル・ガドットという“スター誕生”の瞬間 『ワンダーウーマン』が映し出す現代映像のありよう

荻野洋一の『ワンダーウーマン』評

 『ワンダーウーマン』が世界的にブームとなり、女性スーパーヒーロー映画では歴史的な成功作となった。主人公ダイアナ/ワンダーウーマン役をオーディションで勝ち取ったイスラエル人女優ガル・ガドットの鍛え上げられたマッチョな長身(178cm)、カワイさとは対極のコワモテの顔貌が、成功の要因であることは間違いない。低評価に悩みながら6作をも数えた『バイオハザード』シリーズのミラ・ジョヴォヴィッチ(本人曰く「正しい発音のヨヴォヴィッチと呼んでほしい」とのこと)、旋風を起こした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のシャーリーズ・セロンら、近年のハリウッド大作において、非米国系の白人女優を中心に醸成されてきた女性タフガイの系譜(ヨヴォヴィッチはウクライナ人、セロンは南アフリカ人)が、この『ワンダーウーマン』でついに「スター誕生」の神話性にまで達した観がある。

 「スター誕生」と言うのは、ワンダーウーマンという役柄によってガル・ガドットという才能豊かな女優が映画初主演を実現させ、スターダムに上るドキュメント性を本作がまとっているためで、と同時に、今回の物語じたいがワンダーウーマン誕生秘話だからでもある。そういう意味では、ヒロインのカットニスが戦士として覚醒する物語と、カットニスを演じたジェニファー・ローレンスの女優としての成長とが歩みを共にしていた『ハンガー・ゲーム』シリーズを連想させる。『ハンガー・ゲーム』はギリシャ神話とリアリティショーの融合という意表を突いたコンセプトでじつに興味深いシリーズとなったが、ギリシャ神話からの借用というアイデアは、1941年に誕生して息の長い人気を誇るアメリカンコミック『ワンダーウーマン』の影響を受けているのだろう。

 ミラ・ヨヴォヴィッチ、シャーリーズ・セロン、そしてジェニファー・ローレンスはいずれも、どこでもないどこか、すでに私たちの文明も崩壊したディストピア──男女間の性差別をうんぬんする余地もないほどに荒れ果てた空間でこそ、彼女たちの圧倒的な存在が謳歌された。つまり、現在でもなお残る(いや、むしろ悪化している地域さえ少なくないだろう)男女間の地位格差、機会の不平等から無縁の地平でのみ、彼女たちはみずからを主張できたに過ぎない。そして無視できないのは、それらはみな男性監督のもとで作られたものである。

 ところが、興味深いのは、『ワンダーウーマン』が現実の20世紀の物語であるという点である。イギリスで世界最初の女性参政権が(限定的ながら)認められた第一次世界大戦期という時代設定が、非常に秀逸である。女性だけの国アマゾネスを小さな舟で発ち、初めて戦時下のロンドンに到着したダイアナ/ワンダーウーマンは、国会議事堂に乗りこんで、議員たちの無意味な議論に意気軒昂に異を唱える。スーパーヒーローのSFアクション映画だから、こんなシーンに尺を割いてはいられないのは分かるけれど、「もっとやれ!」と言いたい名シーンだった。未開人の野蛮性(失礼!)と、アマゾネス王国の王女という高貴性が意識と反応のズレを生んだとき、ガル・ガドットの「スター誕生」的瞬間が最高潮に達する。彼女は戦いながら、敵を圧倒的なパワーで蹴散らしながら、20世紀人間文明の邪悪さ、愚劣さを学ぶ。と同時に、雑踏の屋台でアイスクリームを買い、初めて舐めた瞬間にその美味を礼讃する。ワンダーウーマンだって王女なのだから、少しは『ローマの休日』をやらせてあげようという、監督と脚本家の親心であろう。

 ところで本作の監督はパティ・ジェンキンスという女性監督で、長編デビュー作『モンスター』(2003)で周囲の反対を押し切ってシャーリーズ・セロンを主演で撮った人。セロンはこの作品でアカデミー主演女優賞、ゴールデングローブ主演女優賞、ベルリン国際映画祭銀熊賞(主演女優賞)の3冠を獲ってスターの仲間入りを果たし、のちに『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で独裁者に反旗を翻す女性司令官フュリオサを演じ、圧倒的な支持を得ることになる。おもしろいのは、パティ・ジェンキンス監督が空軍パイロットを父に持ち、カリフォルニアのヴィクターヴィル・ジョージ空軍基地の生まれであることだ。戦争映画でもある本作において、基地で育ったパティ・ジェンキンス監督の知識がリアリティをもたらしたのは間違いない。そしてまた、ワンダーウーマンを演じたガル・ガドットもイスラエル軍への兵役経験があり、苛酷なアクション撮影において、軍隊での訓練が役立ったのだという。

 なにやら、頭のてっぺんからつま先まで(女性に転化された形とはいえ)マチスモに貫かれた感のある本作に、いささかの当惑を感じないと言ったら嘘になる。中東での取材経験の豊富なジャーナリスト志賀玲氏が、イスラエル出身の彼女がイスラエル軍のガザ攻撃や民間人殺戮を支持し、自身のフェイスブックに「私たちは正しい」「イスラエル軍に愛を」と投稿していることを報告した文章が「YAHOO! ニュース個人」に掲載されて、日本国内でも議論を呼んだのはごく最近のことだ。イスラエルの右派、タカ派にとってガル・ガドットは自分たちの主張をソフトに世界に伝えるアイコンとなっているそうである。彼らは、自分たちが全世界で危険な存在だと思われていることに多分に自覚的であり、ガル・ガドットのような思想を共有する同胞が平和の戦士をハリウッド大作で演じ、世界にアピールすることは、彼らにはありがたいことだろう。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる