宮台真司の『TENET テネット』評(前編):『メメント』と同じく「存在論的転回」の系譜上にある

宮台真司の『TENET』評(前編)

数々の作品と共有する、ギリシャ的世界観 

ダース:あくまでこういった世界観を描くためのあれこれの装置であって。ニールは逆行してきて、順行に戻り、また少し逆行して……という中で、最後にまた逆行していくところで、彼のある種の構えというか、覚悟が見られます。最初に出てきたときのチャラいイメージから、「え、そんなに立派な人なの?」という印象に変わっていきます。

宮台:そこがこの映画の「言いたいこと」に関係するだろうと思います。物理学を離れるために宇宙を世界と呼びましょう。ニールは逆行と順行を繰り返します。なぜか。「世界は一つでなければならないから」です。だから、例えば未来人から見て、ある時点で死んだことによって歴史を作ったニールは、歴史を正確になぞるために、死ななければならないと思うわけです。

 奇妙な話と言ったけど、そこが物語上の最大の難点に見えます。そんなことがありうるのかと。ところが、あるモチーフで釣り合いを回復するんです。それが「倫理」です。ニールは、物語的にはお笑いに見えるけれども、未来人から見て死ぬことになっている時点で、きちんと死ぬことを決断するわけです。なぜか。それを考えるには、蓮實重彦が「映画は所詮荒唐無稽」と言うように、物語の荒唐無稽さに白けてはいけないんです。

 その「なぜか」が倫理です。巷では、主人公との友情のために死んだと言われています。まったく不正確です。「記録によれば」主人公との友情のために死ぬことになっている自分を、なぞって死んだんです。それだけが正解です。その部分が永久ループになっています。ループは論理的に見て無限に回ることに注意してください。ただし「記録をなぞる場合」に限り回る。つまり、「記録」は、なぞることで同じ「記録」であり続けるわけです。

 ちなみに、「起こるはずの未来を、意志してなぞる」というモチーフは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『メッセージ』(2016年)にすでにあります。主人公の言語学者は「その男と結婚すれば、やがて離婚し、産まれた娘も12歳で死ぬ」ことを、夢を通じて知っています。「だから」その男と結婚した。なぜか。「そのことを知っている自分」だけが自分であり、「自分が自分であり続ける」ためです。 

 「自分が自分であり続ける」覚悟を貫徹するには、自分史が変わってはならないからです。皆さんも自分を振り返ってください。過去の不幸があっての自分でしょう。その不幸を除去したら「今の自分」は消えてしまいます。社会システム理論には、倫理は「貫徹への意志」。進化生物学的には、倫理は「悲劇の共有」から生まれた共同体的存続機能の柱。両方を結合すると「自分が自分でなくなれば、皆はどうなるのか」という配慮を発見できます。

ダース:僕がニールに感じたのは、宮台さんがゼミでよく言っているギリシャ的な生き方です。つまり、自分の結末というものが規定されているがゆえに自由であり、生きることに価値があるんだという生き方をニールはしている。未来に何があるかわからないから、人は守りに入り、右往左往するような生き方をしてしまう。未来に何があるかということを受け入れている人ほど、そのときが来る瞬間まで、自分の価値観に従って生きることができるという対比があります。

宮台:そこが非常に面白いところです。未来が未規定なものだから右往左往する。それが僕らの生き方です。それをエジプト的ーーヤハウェ信仰的ーーだとして軽蔑したのが初期ギリシャ。これをしたら死ぬかも、あれをしたら負けるかも、みたいな条件プログラムーーif-then文ーーを退け、「だからどうした! やらねばならぬことをやるだけだ!」とね。

 そこには、if-then文を取り揃えようとする主知主義に対する、端的な意志を尊重する主意主義があります。未来が未規定だとする僕らの考え方とは対照的な、未来は過去の反復であらねばならないという構えがあります。だから、右往左往ならぬ、覚悟があります。だから、線分的な時間観とは対称的な、循環的な時間観があります。出ました! ループ!

 そう。文字通りのループを描く『TENET』には、『メッセージ』と同じギリシャ的世界観があります。SFだけじゃない。マヤ暦にその構えを色濃く残すアマゾン先住民を描いたシーロ・ゲーラ監督『彷徨える河』(2017年)や『グリーン・フロンティア』(2020年)も同じです。そこには、社会意識論的なーー影響関係とは異なるーー同時代性があります。[ちなみに対談収録後に公開されたアニメ映画『鬼滅の刃』(2020年)も同じ地平上にある]

 『メメント』の「我々は記録に閉じ込められている」という感覚が、学問的先端の「存在論的転回」と共振するように、初期ギリシャ的な「条件プログラムを否定した覚悟=目的プログラム」を愛でる社会意識論的な同時代性が、映画の外にも拡がります。一つは、文明開始後の高度な占いが、フォーチュンテリング(未来の予言)ではないとする主張の拡がりです。

 それによれば、西洋占星術やマヤ暦は、「出来事の予測」ではなく、過去・現在・未来を貫徹する「型の反復」を告げるものです。「右往左往」ではなく、「覚悟」を推奨します。僕が解説を寄せた西洋占星術専門家・鏡リュウジさんの『占いはなぜ当たるのですか』(2002年版以降)や、僕のゼミにおられるマヤ暦専門家・弓玉さんの一連の発言がそれを告げています。

ダース:つまり、「覚悟せよ」ということですね。例えば、『ターミネーター』(1984年)では、未来から過去にターミネーターを送り込み、AIが支配している世界の歴史を変えようとする。同じくSF作品で、時間が大きなテーマになったものでも、『TENET』とは実はまったく違うということですね。

 『TENET』の未来人は覚悟をしている人たちだから、何も変わらないという前提で順行世界で生きていて、先にはもう何もないということがわかっているから、逆行するしかないという発想になっている。それは、同じ世界を逆に生き直すという話であって、未来の状況を変えるためではない。これは作中で説明されていませんが、非常に重要なことだと。

宮台:そう。主人公が、ニールに「お前は誰の指令でやってきたか」と尋ね、「未来のお前だ」と言われたときにも、未来の指導者になるのをやめるという選択肢が与えられている。しかし、倫理的な決断においてそれをしないんですね。指令を受けて過去に何年もかけて逆行した後に順行すれば死ぬことになる、と分かっていても過去に赴くニールと同じです。

ダース:本来はそこで右往左往して、「未来の俺が送り込まなければ、ニールは死なないじゃん」と考えてまごまごする、ということがありえますが、主人公に名前がなく、最初からある種、人を超える存在であるという含みを持たされているというか、俗人ではできないことができる、一神教世界における預言者のような役割を与えられているのではと。

(後編に続く)

■宮台真司
社会学者。映画批評家。東京都立大学教授。近著に『14歳からの社会学』(世界文化社)、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)など。Twitter

■DARTHREIDER a.k.a. Rei Wordup
77年フランス、パリ生まれ。ロンドン育ち東大中退。Black Swan代表。マイカデリックでの活動を経て、日本のインディーズHIPHOP LABELブームの先駆けとなるDa.Me.Recordsを設立。自身の作品をはじめメテオ、KEN THE390,COMA-CHI,環ROY,TARO SOULなどの若き才能を輩出。ラッパーとしてだけでなく、HIPHOP MCとして多方面で活躍。DMCJAPAN,BAZOOKA!!!高校生RAP選手権、SUMMERBOMBなどのBIGEVENTに携わる。豊富なHIPHOP知識を元に監修したシンコー・ミュージックのHIPHOPDISCガイドはシリーズ中ベストの売り上げを記録している。
2009年クラブでMC中に脳梗塞で倒れるも奇跡の復活を遂げる。その際、合併症で左目を失明(一時期は右目も失明、のちに手術で回復)し、新たに眼帯の死に損ないMCとしての新しいキャラを手中にする。2014年から漢 a.k.a. GAMI率いる鎖GROUPに所属。レーベル運営、KING OF KINGSプロデュースを手掛ける。ヴォーカル、ドラム、ベースのバンド、THE BASSONSで新しいFUNK ROCKを提示し注目を集めている。

■公開情報
『TENET テネット』
全国公開中
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス
製作総指揮:トーマス・ハイスリップ
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ディンプル・カパディア、アーロン・テイラー=ジョンソン、クレマンス・ポエジー、マイケル・ケイン、ケネス・ブラナー
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved
公式サイト:http://tenet-movie.jp
公式Twitter:https://twitter.com/TENETJP

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる