良くいえば奇跡、悪くいえば珍事!? ノーランのアクション映画への愛が『TENET テネット』で爆発

良くいえば奇跡、悪くいえば珍事!? ノーランのアクション映画への愛が『TENET テネット』で爆発

 クリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET テネット』(2020年)は、あらすじを説明するのが難しい。予告編でも情報は限られているし、実際に詳細を書き出すときりがなく、恥ずかしながら、私自身も物語を完全には把握できていない。観るたびに「これってこういうことか」という発見と同時に、「でも待てよ。だったらあっちは?」という疑惑が湧いてくる。というか劇中で「あまり深く考えないで」と明言されるのだから、あまり深く考えない方がノーラン的にもオールオッケーだろう。なので今回は「時間の流れをある程度コントロールできる世界で、スパイが世界を救うために頑張る」とザックリ書いておく。

 そんな感じで理屈が分からない映画なのは確かだが、その一方で、伝えたい気持ちは理解できるから不思議なもの。思えば『インセプション』(2010年)も『インターステラー』(2014年)もそうだった。理屈はサッパリ分からないが、伝えたい気持ちは分かる。ここがノーランの憎いところだ。ちょっと悔しいのだが、毎回ノーランの新作は出るたびに、恋人面したくなる。「他の人は気づいてないかもしれないけど、私は本当のキミを分かっているよ」「不器用だけど、真面目でイイ人なんだよね」。こんな気持ちになるのは、たぶんノーランだけだ(母性本能をくすぐるというか、映画監督界の火野正平だ)。少なくとも極東に住む34歳男性の私は、勝手に“本当のノーラン”なる概念に囚われ、本作も「うんうん、君はそういうところあるよね」と劇場で腕組み&うなずき運動をしながら楽しんだ。何だこの一方通行は。というわけで、今回は映画鑑賞という交流を終えての、ノーランへの思い込みに基づいたピロートークをしたい。

 私の中でノーランはファイト一発の人である。複雑な設定、時系列のシャッフル、決して観客に親切とは言えないスタイルだが、それでも彼の映画が面白くて胸を打つのは、普遍的なメッセージ性を常に持っているからだろう。基本的にノーランが作品を通じて観客に伝えたいことは「いろいろ大変だろうけど、頑張れ! ファイト一発!」。この姿勢が好きだから、私はノーランの映画が好きだし、彼の映画が世界で広く愛されるのだと思う。『TENET テネット』でも、その作家性は健在だ。そしてなおかつ、本作には過去作と明らかに違う部分がある。それは私が大好きなアクション映画への愛に満ちていたことだ。今まで秘めていたノーランの願望が爆発したように感じる。

 本作にはファイト・コーディネーターとして、ジャクソン・スピデルという人物が起用されている。この人は『ジョン・ウィック』(2014年~)シリーズや『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)に関わった御方で、いわばアクション映画の最前線で働く人物だ。この座組からして「今回はアクションをやるぞ!」というノーランの意志が伝わってくる。そして実際、本作の格闘アクションは今までのノーラン映画よりも、格段にキレが増している(あるいは今まで意図的に排除していたキレを全開に出している)。オープニングの特殊部隊の突撃シーンもいいが、個人的に「アクション映画に寄せてきているぞ」と確信したのは、序盤の格闘シーンだ。闘いが行われる場所は、アクション映画における聖域、殴り合わないと出られない部屋こと“レストランの厨房”。ここで主人公のジョン・デヴィッド・ワシントンが、プロのフットボールの選手だった身体能力を遺憾なく発揮し、チンピラをボコボコにする。思えば父親のデンゼル・ワシントンも『イコライザー』(2014年)で似たようなレストランで人をボコボコにしていた。デンゼル親子、2代続けてレストランで大迷惑である。

 そして観ていて思い出したアクション映画は、『イコライザー』だけではない。「頑張れば弾丸は元の位置に戻る!」という教えは、「頑張れば弾丸は曲がる!」と断言した『ウォンテッド』(2008年)を想起させるし、クライマックスの展開は、刑事がキューバと戦争をする『バッドボーイズ2バッド』(2003年)。予告でも話題になっている本物の旅客機が突っ込んでくるシーンは、まるでレニー・ハーリン監督の『カットスロート・アイランド』(1995年)のようだ(海賊船を本当に作って爆破した映画です)。悪役が絵に描いたような外道、特に女性を食い物にしていることが強調される点は、リュック・ベッソンが手がけたヨーロッパ・コープのアクション映画、たとえば『96時間』(2008年)や『LUCY/ルーシー』(2014年)に近い。あと細かいポイントだが、主人公が隙が出来ると筋トレをしていたのも、アクション映画的に非常に好感が持てた。アクション映画の主人公は、自分がどこにいるか分からなくても、とりあえず筋トレをすべきなのである。この点をノーラン監督が押さえてくれるとは、やっぱりノーランは分かっているよ。

 こうしたアクション映画への強い愛をあちこちで感じさせながら、時間が逆行している空間の奇妙なビジュアルと、例によってファイト一発の精神も炸裂。最終的に理屈はよく分からなくても、観客に未来は僕らの手の中といったメッセージは伝わる。いつもと同じ「話はよく分からんが、気持ちは伝わる」映画に仕上がっている。

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