『TENET テネット』徹底解説! “時間の逆行”、登場人物の背景、そしてノーランの哲学まで

『TENET テネット』徹底解説! “時間の逆行”、登場人物の背景、そしてノーランの哲学まで

 ジャン・コクトーが監督した実験映画『詩人の血』(1930年)は、夢のように幻想的な世界を映し出す、55分の作品である。その冒頭に映し出されるのは、工場の巨大な煙突が崩れ始めるという、唐突な短いカット。そして、映画の終わりには、煙突が崩れ去る瞬間のカットが、再び挿入されている。つまり『詩人の血』の内容は、煙突が崩れ始めてから崩れ去る瞬間に起きた出来事だったということだ。映画は現実に似た虚構であり、時間をどのようにも圧縮し、引き延ばし、逆回転し、操ることができる。その試みは、映画の歴史の初期より行われてきたことだ。

 作家としての個性と、娯楽性を兼ね備えた作風で、いまや最も注目される映画監督といえるクリストファー・ノーランは、『メメント』(2000年)や『インセプション』(2010年)に代表されるように、映画における時間の表現や概念を、いまもなお更新し続ける作家だ。そして、彼の新しい挑戦作『TENET テネット』は、映画という“時間の芸術”に、クラシカルな逆回しの手法を応用することで、さらなる視点を加える画期的なものとなった。ここでは、そんな本作が何を目指し、やり遂げたのかを、できる限り掘り下げて考察していきたい。

 「TENET」という謎めいたタイトルは、前から読んでも後ろから読んでも「TENET」と読める単語だ。これは、“SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS”という、ポンペイ遺跡で発見された、ラテン語による人類最古の“回文”から引用されている。それは、本作の登場人物の名前や場所、団体名として、これらの単語が使用されていることからも裏付けられている。そして、前から読んでも後ろから読んでも同じ……この回文の構造が、本作の試みそのものを示しているともいえるのだ。

 ジョン・デヴィッド・ワシントンが演じる、たぐいまれな体術をものにしている工作員“名もなき男”が、本作の“主人公”である。彼は、クリストファー・ノーラン監督が製作を切望していた『007』シリーズのように世界を股にかけ、ジェームズ・ボンドのような高級スーツ談義を交わしつつ、世界の脅威に飛び込んでいくことになる。

 名もなき男は、「TENET」というキーワードとともに、人類最大の脅威に対抗するミッションを、何者かによって依頼される。そのために彼がまず学ぶことになるのは、“時間の逆行”という概念だ。彼は部屋で特別な弾丸を銃で撃つ実験をさせられる。弾が込められてない銃を壁に向けると、壁にすでに撃ち込まれていたはずの弾丸が、銃口、弾倉へと帰ってくる。局所的に“時間が逆に進んだ”のである。

 時間が逆行する……果たしてそんなことがあり得るのだろうか。娯楽映画の設定を真面目に考えるのは滑稽に感じられるかもしれないが、ノーラン監督の過去作『インターステラー』(2014年)が、理論物理学者キップ・ソーンの監修のもとに、近年の“膜宇宙論”やブラックホールの構造などについて扱う画期的な内容になっていたこと、そして本作のコンセプト部分にも彼の監修があったという事実を踏まえると、本作の内容が、よくあるこけおどしに終わらないものとなっているだろうことは、容易に予想できる。

 さて我々が、この“時間の逆行”というものを科学的に考えるのなら、“そもそも時間とは何なのか”ということを、まず考え直していかなくてはならない。

 早くから「時間論」を述べた人物といえば、古代ギリシアの哲学者アリストテレスである。彼によると、時間というものは物体が運動することによって存在し得るのだという。つまり、何も動くものがなければ、そこに時間は存在しないというのだ。

 “時間”の謎に迫るためには、いつどこで“時間”が誕生したのかが問題になる。それは、「ビッグバン」といわれる、宇宙創生の瞬間だったと考えられる。あらゆる物質を発生させた大爆発による、中心から外側へと向かっていく星々や物質の運動。この爆発の余韻はいまも続いていて、我々の太陽系も含めた星々は、爆発の中心点より外側へと動き続けている。これが、よく言われる「宇宙は広がり続けている」という言葉の意味である。

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