世界的人気もフランスで大炎上 『エミリー、パリへ行く』のなにが問題に?

『エミリー、パリへ行く』仏で大炎上の背景

 10月2日からNetflixで配信中の『エミリー、パリへ行く』は、リリー・コリンズ主演、『セックス・アンド・ザ・シティ(SATC)』(1998年~2004年)のクリエイター、ダーレン・スターが手がける新ドラマシリーズ。シーズン1の配信開始以来世界各国でドラマシリーズの1位を取得している(Flixpatrol調べ)。日本でもトップ10に連日ランクインする人気作品となっているが、エミリーが赴任するフランス、そしてエミリーを送り出したアメリカ、仏米文化摩擦を嘲笑するイギリスなどで波紋を呼んでいる。全編フランスロケ、『SATC』の影の立役者とも言えるパトリシア・フィールドのカラフルなスタイリング、何があってもポジティブさを忘れないエミリーの姿にパンデミックで疲れ切った視聴者は癒されるはずだったのに……。

『エミリー、パリへ行く』(c)STEPHANIE BRANCHU/NETFLIX

 シカゴのマーケティング会社で働くエミリーは、不意の妊娠で駐在を断念した上司に代わって、会社が買収したフランスのマーケティング・エージェンシーに出向くことに。ミレニアル世代のエミリーに課せられたミッションは、“アメリカンな視点”をフランス人に教示して差し上げること。パリに降り立ったエミリーは、石畳に散らばる犬の糞とエレベーターなしのアパート、故障したシャワーなど、早速フランス風の歓待を受ける。フランス語を理解しないエミリーを小馬鹿にする同僚は、昼前に出勤したと思えば優雅なランチでワインを楽しみ、クライアントはセクシー下着をエサに誘惑してくる。それでもやっぱりパリは最高に美しくて、エミリーがInstagramにポストすればフランスの老舗メゾンも大繁盛……!と、こんな具合で進むのだから、地元フランスの批評家たちは黙っていられなかった。映画雑誌Premiereは、「このドラマから、フランス人は総じて悪人で(そのとおり!)、出勤時間が遅く怠慢な勤務態度で、忠誠心がなくチャラチャラしていて、時代遅れの性差別主義者だということを学ばせていただきました。もちろん、シャワーを浴びることに疑問を持っていることも」と皮肉たっぷりに批評する。エンタメサイトのSens Critiqueでは、「リリー・コリンズの過剰摂取に消化不良気味。このドラマはSFだと仮定する必要がある。パリジャンはみんな友好的で、完璧な発音の英語を話し、何時間もベッドで愛し合い、気が向いたら仕事に行くのだから。どんなシーンもリリー・コリンズを引き立てるためにあり、リリーの姿が見えないと思うとエッフェル塔が顔を出す」と、エミリーを引き立てるアメリカ英語を話すフランスの友人たちを揶揄する。意地悪なフランス人も親切なフランス人も、クリシェだというのだ。

『エミリー、パリへ行く』(c)CHAROLE BETHUEL/NETFLIX

 イギリスのThe Guardian紙には、「このドラマは、フランス語を話すことを拒否するリリー・コリンズが素敵な服を着てパリをワルツして回るのをかわいらしく見せるためのもの。もしもこれがアメリカ帝国主義の暗喩であるならば大成功だが、ストリーミング時代のロマンティック・コメディのトップを目指したのに、15センチヒールの靴で転んでしまったようだ」と手厳しい。アメリカのThe Voxは「『エミリー、パリへ行く』は、従来の“努力に勝る天才なし”のような行いを古臭い神話と位置づけ、自己改善や自己向上をエミリーだけが免除されるユートピアを作り上げる。怠惰なミレニアル世代のためのファンタジーだ」と書いた。映画情報サイトIndiewireでは「(『SATC』開始の)1998年にタイムスリップしたような気分」とし、「『エミリー、パリへ行く』はInstagramをスクロールしているような気分にさせる。美しい“インフルエンサー”が“仕事”と称してアップするゆるかわな写真を眺めて時間を潰すのが好きな人には向いている作品だ。でも『SATC』の再来を期待していた人にとっては、ごめんなさい、残念でした」と評してスコアDをつけている。

『エミリー、パリへ行く』(c)CHAROLE BETHUEL/NETFLIX

 Indiewireの評にあるように、これらの批評は時代遅れのステレオタイプと、『SATC』への愛情が裏返しになったものだ。異文化や多様性に対するデリカシーに欠けた描写は、現在59歳のダーレン・スターが37歳で『SATC』を作った90年代後期~00年代の価値観から全くアップデートされていない。スターは2作のショーランナーであることに変わりはないが、『SATC』はキャンディス・ブシュネルの原作をもとに脚本開発され、映画版はドラマでもメインの監督および脚本家として活躍したマイケル・パトリック・キングが手掛けている。『SATC』の6シーズン全94話のなかでも印象的で泣けるエピソードはキングが脚本・監督を担当した回に多い。『エミリー、パリへ行く』の脚本は、スターが1話から3話までを執筆し、イッサ・レイ主演の『インセキュア』(2016年~)や同じくスターが手掛けた『サバヨミ大作戦!』(2015年~)などに参加した脚本家が手掛けている。演出は『サバ読み大作戦!』とNetflixの『欲望は止まらない!』(2018年~2019年)を監督したスターと同年代のアンドリュー・フレミングがメイン・ディレクターとして、そしてジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズの娘、ゾエ・カサヴェテスが4話と5話を監督している。そもそも2作品の制作陣はスターとスタイリストのパトリシア・フィールドしか重なっていないのに、「『SATC』のクリエイターによる新作ドラマ!」と過剰な期待を煽る宣伝に問題があった。

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