3人の「アーティスト」から、デイミアン・チャゼル新作『ジ・エディ』を読み解く

宇野維正の『ジ・エディ』評

 5月8日に配信開始になって以降、自分の周りでーーといっても最近は会う人も限られているので主にソーシャルメディアのタイムライン上の話になるのだがーー観てる人の間での評価はかなり高いのに、世間的にはあまり大きな話題になっていないような気がしてならないNetflixのテレビシリーズ『ジ・エディ』。Netflixは同じオリジナル作品であっても積極的にプロモーションする作品とそうじゃない作品の差が激しいのだが(世間で話題になってから後乗りしてくることも多々ある)、本作に関しては今のところ日本だけじゃなく海外でもそこまでプッシュされている気配がない。しかし、そのまま忘れ去られていいような作品ではまったくないので、こうして慌てて筆をとっている次第だ。

 というのもこれ、『セッション』で大ブレイクして、『ラ・ラ・ランド』で天下を獲って、『ファースト・マン』でハリウッド・メジャー大作でもその作家性を押し切ることができることを証明した鬼才デイミアン・チャゼルの監督としての最新作で、2017年秋に製作発表があった時は「あのデイミアン・チャゼルがテレビシリーズに!」と大いに話題になっていた作品なのだ。ちなみに自分は普段、できるだけ「鬼才」のような紋切り型の枕詞を使わないようにしているのだが、チャゼルに関しては何の躊躇いもなくこの言葉を使わせてもらう。だって、チャゼルは間違いなく鬼才そのものだから。

 エグゼクティブ・プロデューサーの1人。全8エピソード中、最初の2エピソードの監督。『ジ・エディ』におけるチャゼルの役割はこの二つ。もともとチャゼルは脚本執筆(『ラスト・エクソシズム2 悪魔の寵愛』、『グランドピアノ 狙われた黒鍵』、『10 クローバーフィールド・レーン』など)で本格的にプロの映画人としてのキャリアをスタートさせたわけだが、本作では『ファースト・マン』に続いて脚本にはタッチしていない。しかし、「アメリカ人の元有名ピアニストで、現在はパリのジャズクラブの共同経営者」という『ジ・エディ』の主人公エリオットの設定からして、あまりにもチャゼル的なキャラクターと言うしかないだろう。ちなみに本作の舞台となるパリのジャズクラブ「ジ・エディ」は架空のクラブだが、『ラ・ラ・ランド』ではパリにある実在の老舗ジャズクラブ、カヴォー・ドゥ・ラ・ユシェットでも撮影を行なっていて、劇中にはその名が刻まれたネオンの看板までしっかり登場していた。

 本稿では、撮影監督のエリック・ゴーティエ、映画監督のジョン・カサヴェテス、そして作家のジェームズ・ボールドウィンという3人の「アーティスト」から、デイミアン・チャゼル及び製作陣が『ジ・エディ』に込めた野心と意義を読み解いてみたい。

 フランス人の父(計算機科学者)を持ち、幼少期をフランスで過ごし、フランス語が堪能なチャゼルにとって、『ジ・エディ』は「フランスで作品を丸ごと一作撮る」ということともう一つ、長年の念願が叶った作品となった。チャゼルが監督した最初の2エピソードで撮影監督を務めているのは、『ラ・ラ・ランド』でも最初にオファーをしてスケジュールの都合で断られていたエリック・ゴーティエだ。ゴーティエといえば、アニエス・ヴァルダ、アラン・レネ、オリヴィエ・アサイヤス、レオス・カラックス、パトリス・シェローといった名だたるフランス人監督たちと組んで数々の傑作を作り上げ、最近では是枝裕和監督の『真実』でもその手腕を発揮していた名カメラマン。中でも1999年のカラックス『ポーラX』の生々しさと美しさを奇跡的なレベルで両立させた映像は個人的に強烈な印象として刻まれているが、チャゼルとの興味深い共通点として挙げられるのは、二人とも映画の世界に入る前はプロのジャズ・ミュージシャンを目指して音楽に打ち込んでいたことだ。

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