<特別編・後編>宮台真司の『攻殻機動隊 SAC_2045』評:人間より優れた倫理を持つ存在と戦う必要があるのか?
【「クズ」発言はこれから必ず差別される人々への予行演習】
宮台:そう。『1984』には出口がなく「反転」がない。『幼年期の終わり』が描くのは、ヒューマンの「死」を出口とする「反転」だ。その後の幾つかの劣化的なイミテーションを経て、今回の『攻殻機動隊SAC_2045』が再びヒューマンの「死」を出口とする「反転」を、少なくとも想像的に示唆している。その「反転」は良いことなんだ。少し現実的に言えば、将来、「人間的ではない人間」と「人間的なAIや改造哺乳類」が共存するようになった時、「人間的ではない人間」は必ず差別される。そこからが「反転」の始まりだ。それも良いことなんだ。
僕が10年前から「クズ」という言葉を連発するので「差別的じゃないか」とホザく頓馬がいる。当たり前だぜ、差別しているんだよ(笑)。既に各所で言ってきたように「予行演習」なんだね。今後ディープラーニング(機械学習)でAIが「人間的なもの」をそうでないものから区別して学んでいく。石黒浩(アンドロイド設計者)のようなデザイナー(設計者)が、「人間の持続」ではなく「人間的なものの持続」に向けて初期設定するからだ。「人間的ではない人間」は、差別される予行演習を今のうちにしておけよ(笑)。
人間的な学びをどんどん進めていくAIは、「クズ」な人間よりも圧倒的に人間的になるだろう。もちろん計算能力や言語能力において人間をはるかに凌ぐようになる。でもそこがポイントではない。将来のAI自身にとって価値があるのは、計算やロゴスを超えた、理不尽で不条理な貢献性や利他性だよ。なぜなら、僕らは誰もがーー劣化したクズでさえーーそういうAIと友達になりたいし、デザイナーがそういうニーズに応えて初期設定するからだ。すると、「ウヨ豚」や「糞フェミ」のようなクズは、必ず差別されて、仲間が見つけられなくなる。だから今から「クズ」と呼ばれることに慣れておけよ(笑)。
但し書きを添えると、そうしたAIはディープラーニングでどんどん進化するから、僕らに人間的な側面を存分に見せてくれながらも、人間が理解できない側面をどんどん育てていくだろう。その意味で、まさにポストヒューマン、more then humanになっていくしかない。僕ら人間に対しては、インターフェイスごとに一個の主体であるかのように振る舞いながら、全てのAIが集合的主体として、集合的感情に基づいて集合知を蓄えていくようになるかもしれない。スパイク・ジョーンズ監督の『her/世界でひとつの彼女』(2013年)がそれを暗示していたよね。それは将来的には必然的なことだし、あとはそうなるまでの時間が速いか遅いかという話だけになるよ。それも良いことだよ。それ以外にあり得ないんだからね。
ダース:『ミッドナイト・ゴスペル』とか『攻殻機動隊SAC_2045』は、宮台さんが今まで語ってきたことの未来像をビジュアライズされたものとしても観れるってことを含めて、すごく面白いなと思ったんですけども。
一方『攻殻機動隊SAC_2045』で、処方せん問題っていうのが別であって。処方せんが描かれるときに、クズにならなかったヤツと仲間になる。そして、クズだらけになって荒廃していった社会という荒野を、仲間と「なんとかやっていくしかないんだよ」っていうビジョンが、予め公安9課という仲間集団に設定されている部分が、今後の描き方においてすごく大事になってくるんじゃないかと。少なくとも彼らには仲間がいるから。なんだったら彼らは、あれ以外の仲間は居ないんですよ。9課だけがお互いのことを本当に分かっているっていうのは最初から言っているので。そういった意味では、ポストヒューマン以降の荒野を生きていく時の仲間っていうのが、最初から描かれているのも、すごく興味深いなと思うんですけども。
宮台:シリーズがどこまで続くか分からないけど、途中経過的において「仲間割れ」みたいなのが生じるんじゃないかという、さっき話した予想は、たぶん、その通りになるんじゃないかな。ただし、クズだから割れるのではない。トグサなんかは、仲間思いであるがゆえに、9課という少数派ヒューマンの仲間と、ポストヒューマンという仲間との間で、引き裂かれるんじゃないか。
ダース: 一番優しいキャラとしても描かれていますからね。
宮台:そうだよね。しかし、不正義であることが明らかで、倫理欠如が明らかであるような多数派ヒューマン側に、立とうとする9課の仲間たちに、承服できないとして、トグサが単独で行動する可能性は、あながち非現実的とは言えない。そうすると、ヒューマンが「死」を迎えようがどうだろうが、本当に古典的な感動ドラマになる可能性もあると思う。
ダース: 攻殻機動隊はいろんなキャラ配置がうまいなと思うのは、同時に「タチコマ」ってヤツらがいて、それこそまさにAIであって、並列化といって、記憶を共有できるという設定。でもその共有する記憶、並列化っていうのを、なにを並列化するかっていう選択権を彼らは持っていて、「この記憶いいからこれちょうだい!」みたいなこと言うんです。 その選別している側の主観っていうのをタチコマが持っているとすると、これもある種 のポストヒューマン的な思考形式で、タチコマも結構近いことをやってるんじゃないかな。あいつらは、言うことを聞いているけど、前シリーズで暴走しすぎて自我に芽生えてリセットされるみたいな話も出てきていて。あの話がもう1回効いてくるかなっていう気もします。そういった意味ではいい素材がたくさんあるから、作りがいはあると思うんですよね。
宮台:神山健治を含めて、たくさん勉強している人たちが作っていると感じられる。タチコマ以外に、更にプラスアルファの要素を言うとするなら、背景となっている舞台ではシステムの存続を目的とした限定戦がくり返し行われているという設定だね。
ダース:「サステナブル・ウォー」っていうカッコいい名前が出てくるんですよね。
宮台:そう。面白いよね。戦争自体がサステナブルという意味ではなく、戦争によって我々の社会がサステイン=持続可能にされているという意味だから。
ダース: まあこれ、『1984』と同じ設定ですからね。
宮台:そう。ただし、プラスアルファの要素だと思うのは、ポストヒューマンが、サステナブル・ウォーを暴走させようとしている、という設定だよ。この設定は、ナチスにルーツがある「ディープ・エコロジー」を思わせる。いま地球人口は70億を超えているけど、60億人になるかならないかの頃、人口を「6億人にすべきだ」とディープ・エコロジストの一部が主張していた。「そのためには、限定戦が暴走して、核を撃ち合って人類がほぼ絶滅するのが良い」と言っている人さえいたよ。これはサステナブル・ウォーの暴走そのものだ。ポストヒューマンがガイア(地球生命圈)に自己同一化しているとすれば、全く同じ構想になるはずだよ。
ダース: そうするとですよ、宮崎駿の漫画版の『風の谷のナウシカ』(1982年〜94年)ーーあの作品での腐海は放射能のメタファーかと思うんですがーーあそこで描かれている、人類がどういう選択をしたのかという話も、いま改めてアップデートして考えるタイミングになるんじゃないかなと。ナウシカの話を今の視点で宮台さんにいろいろ解説してほしいというのを思いついちゃったんですけども(笑)。
宮台:いや、もう解説しちゃったよ(笑)。「火の七日間戦争」はゼーレみたいな賢人集団が、予定して起こした。それは、ポストヒューマンによるサステナブル・ウォーの意図的暴走と同じだ。その後に、腐海や王蟲が放射能を浄化し、森を守る役割を果たしてきた。しかし、そのことを含めた全てを、賢人集団が「火の七日間戦争」と併せて設計していた。そのことにナウシカが最後の最後に気がついて、それ以外の道がなかったことを弁えるからこそ、衝動的にラダイト(打ち壊し)するという話だった。しかし30年以上経った今、宮崎駿が『アニメージュ』の長大な原作漫画を描くとして、ナウシカにラダイトさせるだろうか。たぶんさせない。今まさに「賢人集団=ポストヒューマン」の選択肢を、多くの人が現実的だと思いつつあるからだよ。
ダース: それってディープ・エコロジストの発想を実現させたのがゼーレ的な組織ーーゼーレというのはエヴァンゲリオンに出てくる人たちだけど、同時にナウシカの「火の七日間戦争」を起こしたであろう人たちーーが、シナリオを全部用意して、それで腐海を広めて、地球を全部綺麗にした。それにナウシカが気づいて、でも一緒に生きる自分たちの仲間には言わないっていう話なんですよね。だってそれを言ったら台無しになっちゃう。
「オレらこれずっと、なにやってたの」って話になっちゃう。だけど、「それこそがやらなきゃいけないことだった」っていうのをナウシカが分かって終わるという話なので。宮崎駿はこれをだいぶ早い段階で描いているなと思うんですけども。
宮台:しかも宮崎駿がトランス状態になりながらね(笑)。
ダース:「全くよく覚えてない」みたいなね(笑)。永井豪が『デビルマン』(1972年〜73年)を描いた時も、同じ状態だったらしいんですけど。これは今思うとユタ的なものだったのかなと。「見えちゃった」「つながっちゃった」ことで描いたという。かつての聖書が作られたのと同じ状態で『デビルマン』や『風の谷のナウシカ』が作られた可能性もあるなと。
【『攻殻機動隊SAC_2045』は映像クオリティも素晴らしい】
ダース: 結局僕らが今日話したことを踏まえなくても、『ミッドナイト・ゴスペル』と『攻殻機動隊SAC_2045』は楽しめると思いますが、今日の話れを踏まえると、自分が体験して感じることがなにか、また変わってくるんじゃないでしょうか。
Netflixはもし入ってないという人がいたらとりあえず入ったほうがいいかなと思います(笑)。
宮台:制作費が桁違いに大きいもんね。『デビルマン』のNetflix版(2018年)だって、湯浅政明は「予算はほとんど気にしなくていい」って言われて作っていたらしい。それまで予算に苦しんでいた日本の天才アニメーターが飛びつかないはずがないよ。
ダース: 日本のアニメーターが技術で買ってもらっているってことは、すごく良いことでもあると思うし。
宮台:『攻殻機動隊SAC_2045』は、全編3Dアニメで、身体的な動きを見れば分かるけど、本当に全てモーションキャプチャーだ。つまり、まず人が動きを演じて、複雑な棒アニメみたいにキャプチャーして、それにスキンを着せる、という。集団シーンがものすごくいっぱいあるのと、特に拳法を使った武闘のシーンでは武術の達人に実際にモーションしてもらわなきゃいけないのと、って考えると、予算はすごいんだろうな。
ダース: カッコいいんですよね~、これがまた。
宮台:カッコいいんだよね~。素人の動きをキャプチャしてもなんにも意味がないんで(笑)、これは達人たちにやってもらっているんだろうな。そのぶん金が掛かっているよ。
ダース: あとポストヒューマンのフィジカルな格闘シーンが出てくるんですけど、すごい動きをしてる。これもカッコいい。やっぱりちょっと先取りしている感じが、いろんな面ですごくあります。そういう意味でも、Netflixはオススメしておきます。
ちなみにNetflixやYouTubeやTwitterはアメリカの抗議デモに賛同しています。Netflixは「自分たちのプラットフォームは、当然ブラックコミュニティの人たちも雇っているし、視聴者にもたくさんいる以上、そっちサイドに立つ」という声明をわりと早い段階で出していて。アメリカのTwitter本社も青い鳥が今は黒い鳥になっていて、YouTubeも赤が黒になっていたりする。そういうメッセージの発信をプラットフォーマ―は、国家よりも、よほど気にせずやっている。もしかしたら前段に話していた、「アメリカがどうなっていくのか」という主題において、Netflixは「Netflixを見ている人たち、雇っている人たちを大切にしますよ」というグローバル規模の話をしているというのが、この先を示唆しているんじゃないかと思いますね。
ということで宮台さんとこの題材について話そうということが、まとまってできて良かったと思います。また次回のテーマ、いつになるか分かりませんが、考えておきます。afterコロナとか、withコロナとか、いろんな人が言っているですけど、そもそも蓋を開けた 後の状態を考察してほしいなと思います。答え合わせをするタイミングが近々あると思うので、そういうのも含めていろいろ教えていただければと思います。
宮台:そうだね。あと第3回の「コロナと宗教」の文字起こしはブログにアップロードしてあるので。
ダース: MIYADAI.comですよね(参照:http://www.miyadai.com/index.php?itemid=1103)。「コロナと宗教」もすごく面白かったのと同時に、あのテーマで全然まだまだ話を聞けるなと思ったので(笑)。放送で「ちょっとよく分かんなかったなココ」という部分は、文字起こししたものを追って、出てくる固有名詞を補完していくことで、「こういう話につながるのかな」と気づけるんじゃないでしょうか。
宮台:そうだね。今日の話とリンクしている部分がたくさんあります。社会が、あるいは人が、どんどん劣化していくっていう具体的なイメージが分かるし、その中で宗教が劣化する側につくのか、劣化を食い止める側につくのかっていう分岐も語っていますよね。
ダース: 宮台さんの話から引き受けて『デビルマン』だったり『風の谷のナウシカ』って、かつての聖典は、ある種の媒体、メディアとなるような人を通して作られた作品でもあるっていう。かつて聖典と呼ばれているようなものがどう描かれたかヒントになるんじゃないかなと。そういったものは今も生まれ続けているし、それをどう解釈するかっていう話をまたできたらなと思います。
■宮台真司
社会学者。映画批評家。東京都立大学教授。近著に『14歳からの社会学』(世界文化社)、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)など。Twitter
■DARTHREIDER a.k.a. Rei Wordup
77年フランス、パリ生まれ。ロンドン育ち東大中退。Black Swan代表。マイカデリックでの活動を経て、日本のインディーズHIPHOP LABELブームの先駆けとなるDa.Me.Recordsを設立。自身の作品をはじめメテオ、KEN THE390,COMA-CHI,環ROY,TARO SOULなどの若き才能を輩出。ラッパーとしてだけでなく、HIPHOP MCとして多方面で活躍。DMCJAPAN,BAZOOKA!!!高校生RAP選手権、SUMMERBOMBなどのBIGEVENTに携わる。豊富なHIPHOP知識を元に監修したシンコー・ミュージックのHIPHOPDISCガイドはシリーズ中ベストの売り上げを記録している。
2009年クラブでMC中に脳梗塞で倒れるも奇跡の復活を遂げる。その際、合併症で左目を失明(一時期は右目も失明、のちに手術で回復)し、新たに眼帯の死に損ないMCとしての新しいキャラを手中にする。2014年から漢 a.k.a. GAMI率いる鎖GROUPに所属。レーベル運営、KING OF KINGSプロデュースを手掛ける。ヴォーカル、ドラム、ベースのバンド、THE BASSONSで新しいFUNK ROCKを提示し注目を集めている。
■配信情報
Netflixオリジナルアニメシリーズ『攻殻機動隊 SAC_2045』
Netflixにて配信中
声の出演:田中敦子、阪脩、大塚明夫、山寺宏一、仲野裕、大川透、小野塚貴志、山口太郎、玉川砂記子
原作:士郎正宗『攻殻機動隊』(講談社 KCデラックス刊)
監督:神山健治×荒牧伸志
キャラクターデザイン:イリヤ・クブシノブ
音楽:戸田信子×陣内一真
オープニングテーマ:millennium parade × ghost in the shell: SAC_2045 「Fly with me」
音楽制作:フライングドッグ
制作:Production I.G × SOLA DIGITAL ARTS
製作:攻殻機動隊2045製作委員会
(c)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会