アニメ映画『音楽』に至るまでのロトスコープの長き歴史 “邪道な手法”と言われる時代は終わった?
筆者には全編ロトスコープで製作された『悪の華』も『花とアリス殺人事件』も、特に動きに関して違和感の大きい作品に見えた。日本のアニメはセル画枚数を節約するためにリミテッドという手法で作られてきた。これは1秒間24コマ(1秒間で24枚の絵が必要)で制作するところを、12コマ、あるいは8コマと枚数を減らす手法で、滑らかさはなくなりカクカクした動きに見えてしまう。一方で、日本のアニメはリミテッド映えをする動きを創造する方向に技術が進歩した。例えば走るシーンの絵の1枚1枚を細かく見ると、数枚にわたって地面に足がついていなかったり、あるいは足が3本に増える、逆に消えるなどの現実にはありえない絵を挟むことで、動いた時に快感が芽生えるように作られている。
では、ロトスコープはなぜ違和感を抱かせるのか。その答えは“リアルすぎる”のだ。アニメにおいて現実的な動きに即したような、リアル志向の作品は多いものの、それらは人間の無駄な動きを排した絵として表現されている。一方で、ロトスコープは多くのアニメでは省かれてしまうような、無駄とも思える動きを拾ってしまうために、違和感を発生させてしまう。また、『悪の華』の場合はキャラクターデザインも実写の俳優の顔や表情を元に製作されており、デフォルメされた日本のアニメのキャラクターに慣れていると、いわゆる不気味の谷の現象が発生してしまう。そのために、演奏シーンなどの精緻な動きを描かなければいけないシーンのみに限定されている。
一方で、岩井俊二は美術手帖にて「『アニメはこう動くんだ』と表現がパターン化されてきていて、実際に本物の動きから学ぶというのが欠けていたんじゃないか」と発言している。また、『花とアリス殺人事件』ロトスコープアニメーションディレクターを務めた久野遥子は「意識していない動きに、本当の面白さや細かさがあると思う」と語るなど、未だにあまり活用され尽くされていないロトスコープの可能性に言及している。ロトスコープとは目指す手法こそ異なるものの、片渕須直監督は「日本のアニメは方向がそろいすぎて、アニメーションの表現の自由を狭めてしまっている」と発言するなど、新たな手法に挑戦する必要性を説いている。
『音楽』は、全編ロトスコープを用いた日本の長編作品では最も成功しているように見受けられた。本作は他の一般的なアニメ作品と比較しても、動きに対する違和感もあるものの、それ以上に絵が全く異なっている。線が細く多く、派手に動かす作品が増えている中で、本作の線は少なくて特別な技巧は感じない。もしかしたら自分でも書けるかもしれない、と思う観客もいるのではないだろうか。
また「ベース、ベース、ドラム」のバンド編成など、作中で流れる音楽も型破りなものだからこそ、比較対象のない全くのオリジナルなアニメ作品となっている。さらに、アニメは動かすことが重要という意識が強い中で、本作は1秒や2秒というレベルでは収まらない“止め”のシーンがある。何もかもが異例づくしの作品なのだ。あまりにも型破りな作品だからこそ、音楽の初期衝動を描き切ることに成功している。
重要なのは上手い下手ではないし、「バンドにはギターが必要」「ロトスコープはアニメ表現として邪道」という既存の発想を飛び越える姿勢が、その衝動こそが、最も尊いものだと伝えてくれる。大規模な商業アニメが後に続くのかはわからないが、本作の登場は、これまで一部の活用にとどまっていたロトスコープが再評価され、人間の身体性をより取り入れた新しい表現が次々と生まれる契機となる可能性も秘めていると感じさせられた。
■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。
@monogatarukame
■公開情報
『音楽』
新宿武蔵野館ほか全国公開中
監督:岩井澤健治
出演:坂本慎太郎、駒井蓮、前野朋哉、芹澤興人、平岩紙、山本圭祐、大山法哲、鈴木将一朗、林諒、早川景太、柳沢茂樹、浅井浩介、用松亮、澤田裕太郎、後藤ユウミ、小笠原結、松竹史桜、れっぴーず、姫乃たま、松尾ゆき、天久聖一、岡村靖幸、竹中直人
原作:大橋裕之『音楽 完全版』(カンゼン)
プロデューサー:松江哲明
アソシエイトプロデューサー:迫田明宏
協力プロデューサー:九龍ジョー
プロジェクトマネージャー:中島弘道
脚本・絵コンテ・キャラタクターデザイン・作画監督・美術監督・編集:岩井澤健治
撮影・編集:名嘉真法久
音響監督:山本タカアキ
音楽:伴瀬朝彦、GRANDFUNK、澤部渡(スカート)
ロトスコープミュージシャン:Gellers、ホライズン山下宅配便、澤部渡(スカート)、安藤暁彦
劇中曲:GALAXIEDEAD、井手健介、野田薫、オシリペンペンズ
主題歌:ドレスコーズ「ピーター・アイヴァース」(キングレコード/EVIL LINE RECORDS)
製作:ロックンロール・マウンテン、Tip Top
配給:ロックンロール・マウンテン
配給協力:アーク・フィルムズ
2019年/日本/ヴィスタサイズ/5.1ch/カラー/71分
(c)大橋裕之/ロックンロール・マウンテン/Tip Top
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