【ネタバレあり】『パラサイト 半地下の家族』は何が凄いのか? ポン・ジュノ監督の“建築的感性”を紐解く
一方、意外に「アメリカの影」が(ほぼ)見当たらないのが『母なる証明』。これは「母と息子」という原型的な関係で神話的なドラマを作ろうとしているように見えたのだが、しかし筆者が思うに、ポン・ジュノは多少図式的にでも現実の世界構造を劇に組み込んだほうが強度が出る。やはり黒澤明に近い。「世界構造の図式」こそが強靱な映画の肉体を支える太い骨になる。その点、『パラサイト 半地下の家族』はイケメン社長(イ・ソンギュン)がグローバルIT企業のCEOという設定だけでも「アメリカの影」への補助線はばっちり組み込まれている。
「ポン・ジュノ軸」について語っていたら自動的に「韓国史軸」へとスライドしてきたが、その点で深掘りせねばならぬのは主人公のキム一家が暮らす半地下住宅の件だろう。日本にも半地下状態の住宅はあるが、単に半分が地下に埋まっている物件。でも韓国の半地下は、もともと防空壕にルーツがある。朝鮮戦争を経て、また北朝鮮と戦争になった時のためにパク・チョンヒ政権が作ったらしい。それを経済成長以降に格安物件として貸し出したという独特の歴史がある。
つまり半地下住宅は「戦争の影」なのである。ここでいきなりネタバレ領域に踏み込んでしまうが(公開後の執筆だからご容赦を!)、その「韓国史軸」に沿った意味性は豪邸の地下にある核シェルターと呼応している。半地下はまだ人間の住むトポスだが、社会のコードの外に隠されたアンダーグラウンドの人間は公式には存在せず、エアロスミス風に言うと“RATS IN THE CELLAR”、地下室のドブネズミとしてサヴァイヴしていくしかない。
ここまで「映画史軸」「ポン・ジュノ軸」「韓国史軸」で『パラサイト 半地下の家族』のかたちを確認してきたが、最もわかりやすい外観として世間から見えやすいのは「同時代軸」だろう。実際幾人もの識者から早くに指摘された『アス』(2019年/監督:ジョーダン・ピール)との設計の類似。格差や疎外といった主題は、カンヌ映画祭パルムドール受賞作において『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年/監督:ケン・ローチ)から『万引き家族』(2018年/監督:是枝裕和)へとまるでバトンリレーのように手渡されている。もちろん『ジョーカー』(2019年/監督:トッド・フィリップス)とも、韓国の盟友監督である『バーニング』(2018年/監督:イ・チャンドン)や『お嬢さん』(2016年/監督:パク・チャヌク)とも親密にリンクする。
だが「同時代軸」において筆者が最も驚いたのは、他ならぬ『岬の兄妹』との共通点の多さだった。劣悪な住居に住んでいるド貧困家族が、内職で小銭を稼いでいて、まもなく法の外に出るような手段を取るという……。『岬の兄妹』は2018年には映画祭で上映されている(SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018国内コンペ部門で優秀作品賞と観客賞を受賞)。もし『パラサイト 半地下の家族』の施工前にポン・ジュノが『岬の兄妹』を観ていたらーーと思わず妄想してしまうが、これは神(と本人)のみぞが知る話。