2019年の「観逃したままではいけない1本」 異彩を放つミステリー劇『誰もがそれを知っている』

宇野維正の『誰もがそれを知っている』評

 2010年代も残すところあと数週間。海外では各映画メディアがこぞって「2010年代ベスト映画」の特集をしているが、そこで軒並み上位にランクインしているのが、イラン人監督アスガー・ファルハディの2011年の作品『別離』だ。批評集計サイトMetacriticにおいて同作は2010年代の12位(https://www.metacritic.com/feature/best-movies-of-the-decade-2010s)と、製作国にアメリカが入ってない作品としては、ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』(2019年)に次いで2番目に高い評価を得ている。現在47歳のファルハディは、その『別離』と『セールスマン』(2016年)で既にアカデミー外国語映画賞を2回受賞。今や、同時代における最も若い国際的な名匠と言ってもいいだろう。

 もっとも、ファルハディの作風は「イラン出身」や「名匠」という属性や呼称からイメージされる、アート系作品にありがちなテンポの遅さや小難しさとは無縁の、ヒッチコック的とも言える端正なカメラワークと明快なストーリーテリングが特徴。自分は特集上映の機会に初期の作品も含め彼の長編作品はすべて観ているが、2006年の『水曜日の花火』(『火祭り』のタイトルで上映されたこともある)の時点で、現在の洗練されたナラティブと撮影や編集のテクニックを確立していたことが確認できる。そして、その映画としての骨格の太さ故に、全編が母国イランで撮影されていようが、フランスで撮影(『ある過去の行方』)されていようが、スペインで撮影(『誰もがそれを知っている』)されていようが、環境の変化が作品の本質に影響するようなことはなく、観客は安心してその作家性に身を委ねることができる。

 今回Blu-ray&DVDがリリースされた『誰もがそれを知っている』は、全編がスペイン南部のマドリッド近郊の小さな町というロケーションだけでなく、登場人物にイラン人やイラン系移民がいないという点、そして出演者がスターキャスト揃いという点においても、ファルハディ作品としては新しい試みとなる。しかし、その土地のしきたりや文化(音楽、ダンス、料理など)や空気感が最も濃厚に表れる結婚式のシーンの見事さ(『ゴッドファーザー』を筆頭に、屋外での結婚式シーンがやたらと長い作品はほぼ例外なく傑作揃いである)を見れば、ファルハディが本作の製作環境を完全に掌握していることが作品の序盤の段階でわかるだろう。Blu-ray&DVDに収録されたキャストと監督へのインタビューによると、ファルハディが本作の準備をスタートさせたのは撮影に入る5年前、ペネロペ・クルスやハビエル・バルデムに声をかけたのはその4年前。周到な準備と、その間のスペイン人キャストたちとの綿密なリレーションの成果でもあることは言うまでもない。

 本作の物語は、その結婚式の直後(厳密に言えばその真っ最中)から、誘拐サスペンス劇として急展開していく。思い返してみれば、これまでのほとんどのファルハディ作品は、ジャンル映画としての「ミステリー作品」ではないものの、物語の中心には常に「ミステリー」が存在していた。しかし、今回の『誰もがそれを知っている』はその「ミステリー」が「少女誘拐」というはっきりと事件の輪郭をとっていることで、より登場人物たちの間にエモーショナルで緊張感に満ちた関係が浮き上がっていく。きっとその「犯人探し」を巡っては、劇場鑑賞では叶わない反則技である「巻き戻し」をしたくなるはずだ(ちなみに、劇中でも結婚式の様子を録画したビデオの検証がおこなわれる)。

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