『アド・アストラ』は“文系SF”と呼べる作品に 破滅的ヴィジョンと一筋の救いを同時に描く

文系SF『アド・アストラ』に隠された問題

 ここでは、クリフォードに象徴される人類の“進歩への意志”というものが、一種の狂気として表現されている。たしかに、新天地の開拓や科学の発展は、人類に様々な恩恵を与えてきた。しかし一方で、劇中で舞台のひとつとなる、観光地であり紛争地になってしまった哀れな月が象徴しているように、その結果として人類が際限なく資源を簒奪し互いに殺し合い、環境を大規模的に破壊し尽くす獣のような存在になっていったというのもたしかなことだろう。

 ロイは、そんなクリフォードの姿を目の当たりにし、最後まで理解することができない。際限なく永遠に前進し続けようとする父親と同じような体験をしても、倫理観を捨てずに後退することを選ぶのである。この決別が示すのは、前進し続けることを賞賛し、評価してきたこれまでの社会に対する、もう一つの理性的な判断である。“進歩する進歩”に対する、“後退する進歩”。このような思想が語られるというのは、言うまでもなく近年深刻化する地球環境の問題も大きいはずだ。

 本作が描いているのは、クリフォードとロイの関係に託した、これまでの男性的なマッチョ志向や、土地や資源を奪っていく力に対抗する、優しさや理性という視点である。それがなければ、成長に狂奔する人類は将来的に滅びることになるかもしれない。そんな遠くない未来の破滅的ヴィジョンと、一筋の救いを、本作は同時に示しているのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『アド・アストラ』
全国公開中
監督:ジェームズ・グレイ
製作:ブラッド・ピットほか
脚本:ジェームズ・グレイ&イーサン・グロス
出演:ブラッド・ピット、トミー・リー・ジョーンズ、ルース・ネッガ、リヴ・タイラー、ドナルド・サザーランド
配給:20世紀フォックス映画
(c)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/adastra/index.html

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