蒼井優の振り切れ具合は、狂気の沙汰 『宮本から君へ』の“熱さ”を牽引する魅力を読む
当然ながら、本作での池松の本気も凄い。『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017)にて、第9回TAMA映画賞で最優秀男優賞を受賞した彼の「1本1本こだわってあきらめずにやっていきたいと思っています」ーー「第9回TAMA映画賞」最優秀男優賞受賞時のコメント(引用:プログラムレポート:第9回TAMA映画賞授賞式)という言葉に嘘はなく、以降も役どころの大小に関係なく、相次いで公開される作品の中で彼の映画に対する熱量を感じてきたのは多くの方が同じはずだ。
それを、“熱さ”が売りの宮本役で主役を張るというのだから、期待しないわけにはいかない。だがこれを引き出しているのは、人物の位置関係・構図的にも蒼井の方なのだ。宮本の失態のせいで、靖子は深い傷を負い、彼女の起こすヒステリーは日に日にエスカレートしていくが、彼女の負った傷が傷なだけに、これが非常に痛ましい。彼女の痛切な叫びを聞くのは耐え難く、耳を塞いでしまいたくなるほどだ。そこで彼女の切実な訴えに呼応するように宮本の熱量も限界突破するほどまでに増し、こちらが仰け反るような振り切れ具合を見せるものの、それは先に述べたオダギリや阿部と同じく、演じる池松もまた“受けの芝居”、リアクションをする側なのである。この呼応し合い、反復していく熱量が、本作の手触りを強く決定づけているだろう。冒頭で述べたように、本作を率いているのが蒼井だと感じるゆえんである。
今作はラブストーリーでありながら、ヘビーな役どころを演じる蒼井だが、目を背けたくなるような描写も多いだけに、撮影現場もかなりハードなものだったのではないだろうか。彼女の一挙一動は、見る者に鮮烈な印象を与えるに違いない。そしてやはり、ときおり見せるチャーミングな笑顔は、突き放された私たちをまた惹きつける。彼女は単一のイメージに収まることはないと述べたが、今年の公開作である『海獣の子供』『長いお別れ』『ある船頭の話』など、今作とは趣をまったく異にする作品に触れれば、その一端を垣間見ることができるだろう。
狂気の沙汰とも思える振り切れ方を見せながらも、決して観客を突き放したり置いてけぼりにさせないのが蒼井優の凄味。ときおり見せる愛らしさの配分などに、まだ30代半ばながら、俳優としての技術の円熟味を感じさせる。
■折田侑駿
映画ライター。1990年生まれ。オムニバス長編映画『スクラップスクラッパー』などに役者として出演。最も好きな監督は、増村保造。Twitter
■公開情報
『宮本から君へ』
全国公開中
原作:新井英樹 『宮本から君へ』百万年書房/太田出版刊
監督:真利子哲也
脚本:真利子哲也、港岳彦
出演:池松壮亮、蒼井優、井浦新、一ノ瀬ワタル、柄本時生、星田英利、古舘寛治、ピエール瀧、佐藤二朗、松山ケンイチ
主題歌:宮本浩次「Do you remember?」(ユニバーサルシグマ)/レコーディングメンバー Vocal:宮本浩次、Guitar:横山健、Bass:Jun
Gray、Drums:Jah-Rah
配給:スターサンズ、KADOKAWA
(c)2019「宮本から君へ」製作委員会