「若者の映画館離れ」は本当か? 立川シネマシティが「次世代育成計画」に込めた思い

20代前半までに映画を楽しんでほしい

 このことより、似たような立地条件の劇場より、若いお客様が多い劇場である、ということは言えると思います。しかし他のシネコンでも、それほど大きな差があるとは思えません(ただし、20代以下人口が極端に少なくなっている地域の映画館はこの通りではありません。当然ながら)。なぜなら、この国でヒットチャートを賑わすのは、アニメ、漫画・ラノベ原作、テレビドラマ劇場版といった種類の作品だからです。いや、日本に限らず、ハリウッドだって、ディズニーアニメまたはその実写版、イルミネーションスタジオのアニメにマーベル作品やスター・ウォーズ関連作品が大きな数字を上げています。

 これらの作品の台頭傾向は、必然、観客の若年化を促進します。黒澤映画、あるいはコッポラやベルナルト・ベルトリッチ作品のような、大人のための大作が減りに減っていって、久しいですよね。このような状況で、いくら人口的には多くても、可処分時間が豊富でも、シニアの客層が映画館を支えるヴォリューム層になるということはちょっと考えにくいと思われます。

 もちろん、もう10年経ったらわかりませんよ。今の60代、70代にもいわゆる「オタク第一世代」がいますし、今の50代にはがっつり漫画やアニメにハマって、ほとんどこれまで映画館ではアニメしか観てこなかったという方も少なくないでしょう。40代は言わずもがなです。

 これから作られる映画は、今よりますます、たとえ実写であっても「漫画化/アニメ化」していくことでしょう。シネマシティにおける、割引料金および有料会員会費の改定が、シニア層の増加+若年層の減少が理由でないことはこれでわかっていただけたかと思います。

 では、なぜシネマシティは「次世代育成計画」として、若年層優遇措置を行ったか、ということを書きましょう。ひとつは、映画を映画館で観る人数というのは、スクリーン数の増加もあって微増傾向にありますが、これは延べ人数の増加であって、ユニークな人数は微減傾向なのです。つまり、映画館で観ることを選んでいる人の鑑賞回数は増加しているが、そもそも観ない人も増えているということです。

 「物語」というものは、基本的には20代前半までの人のためにこそある、と僕は考えています。人格形成期にこそ、人はとりわけ「物語」を求めます。生き方の規範を必要としているからです。40代、50代と年を重ねるごとに、多くの人はフィクションへの興味が薄れていきます。作品から受ける影響なんて、そよ風程度になってきます。観てもすぐ忘れてしまうのです。でも10代20代の時は違いました。あの、映画館に入る前と出るときでは、世界の色彩が異なるほどの昂揚!これをたくさんの若者たちに味わってほしい。

 自分の持てる総てをかけても、同じものを愛する人たちのために何かしらを成し得たいと執着するあまり、結婚もせず、子供も持たない僕にとって、父性的欲望をここで満たそうとしているのかも知れません。これがこのプロジェクトの根幹です。映画館は営利企業です。放っておいても一番来る大学生や20代前半の料金を下げようなんて、ビジネスの定石からは間違っているかも知れません。夏休みや正月前後に、値上げはしても値下げするホテルなんてほとんど存在しないのと同じです。では、より多くの若者世代に、より多くの作品を観てもらうにはどうしたものか。それでいて、ビジネスとして成立させるために、売り上げを下げない仕組みは作れるのか?

 これはずいぶん独善的であるかも知れないと承知はしているものの、若い世代に、自分が愛したものをまた愛して欲しいと願う映画ファンは少なくないと考えました。自分の孫世代で、自分と同じものを愛してくれる若者に、何かしらをしてあげたいという気持ちを間接的にであれ満たすのは、ひとつのエンタテイメントになるのではないか、と思ったのです。

 参考にしたのは、イギリスのガーディアン紙のオンライン版が、無料ですべての記事を閲覧可能にしつつ、広告に頼らないジャーナリズムの独立を支援してくれと謳って、ほとんど特典のない有料会員を募り大きな成功を挙げたことですが、長くなるので、これはまた別の機会に。

 会社の利益としては、シニア割対象を70歳からに引き上げるのと夫婦50割をなくすことで単価を上げ、会費の割引分や24歳以下の単価の減少に割り当てることで充当。そして会員化することで、シネマシティでの鑑賞回数の増加を狙い、1回の単価は下がっても総支払い額を増やせれば、成功なわけです。

 始めてまだ半年。これが成功したかどうか、これからどうなるのか、まだ結論するのは早急でしょう。たまたま今年は近年まれにみるヒット映画の豊作年で、単純な数字だけ見れば前年より非常に成績が良いですが、これが施策の成果か、そうでないかはまだわかりません。でも、24歳以下の有料会員はどんどん増えています。少なくともこのことだけは、成功です。

 「若者の映画館離れ」というのでは済まない、「日本人の映画館離れ」(日本だけでなくアメリカでも問題になってますが)は確実に進行中です。だからこそ僕は、映画館というビジネスの持続可能性を引き上げるためにも、残りの仕事人生を、新しい映画ファン育成に捧げようと思っています。きっとすごい面白いことになるよ。

 You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)

(文=遠山武志)

■立川シネマシティ
映画館らしくない遊び心のある空間を目指し、最高のクリエイターが集結し完成させた映画館。音響・音質にこだわっており、「極上音響上映」「極上爆音上映」は多くの映画ファンの支持を得ている。

『シネマ・ワン』
住所:東京都立川市曙町2ー8ー5
JR立川駅より徒歩5分、多摩モノレール立川北駅より徒歩3分
『シネマ・ツー』
住所:東京都立川市曙町2ー42ー26
JR立川駅より徒歩6分、多摩モノレール立川北駅より徒歩2分
公式サイト:http://cinemacity.co.jp/

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